今やどの家にもエアコンが装備されていて快適な夏を過ごせるようになった。昭和世代などは扇風機が主流だったので羨ましい限りだ。とは言え、未だに扇風機は重宝されている。エアコンの冷たさが苦手な人、電気代を節約したい人、エアコンを使うまでもない暑さの時などは扇風機が最適だ。ちょっとしたそよ風を浴び続けたいのなら、エアコンよりも扇風機の方が心地良い。
私は子どもの頃、祖母の田舎の家の縁側で扇風機を浴びながら昼寝をしたことがあるが、あの時の快感は今でも忘れられない。
しかし、その扇風機も使い方を誤ると凶器になってしまう。
先日のこと、知り合いに赤ちゃんが生まれたというので見に行った。その時、生後1ヶ月のベビーはちょうど寝ていたのだが、その光景を見て愕然とした。
その日は夏日というほどではなかったが、エアコンを入れるほどでもなかった。そのため、若い夫婦は赤ちゃんに扇風機の風を当てていた。
問題はその当て方だ。向きを固定したまま、直接、赤ちゃんの体に浴びせ続けていたからだ。そのことを注意すると、微風だから体が冷えすぎることもないので問題はないだろうと言ってきた。
実はそれが危ない。たとえ強風でなくても、赤ちゃんのためを思って微風にしていたとしても、それで死んでしまうことがあるからだ。
とくに生まれて間もない子は自力で動けない。その状態で風が顔に直接当たろうものなら、上手く息を吸えなかったりするからだ。
また、脱水症状を起こすこともある。猛暑の時に赤ちゃんを裸に近い状態にして一晩中扇風機を当て続けると、体中の水分を奪われて乾燥してしまうからだ。
そうならないためには首振り機能を使うことが大事。決して向きを固定したまま風を当てることは避けて欲しい。
向きを固定したまま使うことで危険が及ぶのは赤ちゃんだけではない。病気で体力が落ちている子どもなどは、体温が下がって循環器障害を起こし、呼吸困難に陥ってしまう場合がある。
大にして人も、健康診断ではわからない心臓の異常などの病的要因を抱えていた場合、心臓発作を誘発しかねない。
「今まで向きを固定したまま寝ても大丈夫だった」という人もいるだろうが、赤ちゃんでない限り大人は寝返りを打つことができるからだ。そのおかげで一カ所集中を回避できただけのこと。だが、泥酔して帰宅し、裸のまま寝て、心臓に当て続ければ命の保証はないだろう。
酔っていなくても、裸の体に当て続けるのは避けたい。人の体は、暑いと汗をかいて冷やそうとする機能がある。そこへわざわざ人工的な風を当て続ける必要はない。
熱帯夜の時にそれをやると気持ちいいのはわかるが、どんなに健康な人でも、一カ所だけが極端に冷やされるような風の当たり方は良くない。死なないまでも危険は伴うので、2メートル以上離して、首振りだけはさせた方が良い。
扇風機を当て続けるのが良くないというのはけっこう知られているが、その理由や招く結果を知っている人は少ない。
とくに赤ちゃんには気をつけて欲しい。若い両親や祖父母は、優しい親心が仇とならないように。
[編集後記]
扇風機の風が人を殺すことがあるなどと誰も想像できない。しかし、実際にはそのような事故がたびたび起きているのである。私も監察医の上野先生からこの話を聞くまでは信じられなかったものだ。昭和世代なので、木造モルタルのアパートに住んでいた貧乏な学生時代は、裸のまま扇風機を強風にして当て続けていた。今はもう怖くてできない。