浅草小学生時代:
【魔の刻に迫りくる鈴の音】
街中で僧侶が托鉢をしている姿を時々見かけます。大変な修行をされているとは思いますが、その際に鳴らされるチリ~ンという振鈴(しんれい)という鈴の音が苦手です。小学校の頃、散々怖い目に遭わされたからです。
小学校から家に帰った時のことです。教室に宿題用のノートの忘れ物をしたことに気づき取りに戻ることにしました。夕方の終わり近くではありましたが、校門が閉まるにはまだ間に合います。私は急いで学校に向かいました。
いつもなら校庭に人が残っているのですが、その日に限り誰もいませんでした。もちろん校舎の中に人影もありません。誰もいない学校は怖いと言いますが、この時ばかりは身をもって感じたものです。
静かだと普段なら気にならないちょっとした音が聞こえてきます。そのひとつひとつが怖い。ヒタヒタという自分の足音だけが響き渡っています。
でも、この時はなんか変なのです。足音がワンテンポ遅れて聞こえるのです。そのため自分の足音ではないような気がします。誰かにつけられているような気もして、ついつい後ろを振り向いてしまいました。
その瞬間、何か黒い影が見えたような気が! いや、気のせいかも知れません。怖い怖いという思いが幻想を生み出すこともあるからです。そこで、もう振り向くことをやめ、すぐさま自分の教室に飛び込みました。
「あった」
机の上に置かれたノートの忘れ物。薄暗い教室の中にひとつだけポツンと置かれた状態は、どこか不気味な感じさえします。
自ら取りに行くというよりは、まるで餌に釣られる魚のように、ふらふらとそこへ引き寄せられる私。そう、足が勝手に動くのです。その証拠に、私の体の上半身は少し後ろにのけぞっていましたから。
一歩一歩机に近づくにつれ嫌な気持ちがよぎってきました。そこへ行くと、突然手が出て掴まれるのでは! 私の霊感は嫌なときはよく当たるからです。危険を回避したい時は必ず変な予感がするのです。
できる限りゆっくりゆっくり机に近づいていきました。なんとなく吐き気を催しそうにもなってきました。お腹いっぱいでもないのにこみ上げるゲップ。そして、ノートに手を伸ばすと……
チリーン
「ギャー!」
手に取ると一目散に教室を飛び出ました。
「なに? 今の音は?」
確かに学校には謎の鈴の音がするという噂はありましたが、こんなタイミングで鳴る?
私は急いで階段まで走りました。もう教室から音はしません。
ところが、ホッとして階段を降りようとした時、上の階から……
チリーン
その音は上の階から段々と降りてきているようです。
チリーン、チリーン
何か来る!「助けて!」そう叫んだつもりでした。つもりというのは声が出なかったのです。
「え? なんで?」声が詰まって出ない。そのうえ、階段を降りようとしても足が動きませんでした。
「立ったままの金縛り? イヤだイヤだイヤだ!」
鈴の音は段々と大きくなり私に近づいてきます。恐る恐る上の階を見てみると、黒い影がぬぅ~と現れてきたではありませんか。
「キャー!」
あまりの恐怖で腹の底から声を絞り出すことができました。と同時に金縛り状態も解け、私は階段を急いで駆け下りました。
チリーン
鈴の音はまだ聞こえますが、屋上へと遠ざかっていく感じでした。
「助かった? はぁ~」
思わず胸をなで下ろしました。夕方の逢魔が時の誰もいない校舎には絶対一人で入ってはいけない。この時つくづく思い知りました。
実はこの鈴の音、他でも聞こえる場所があるのです。
本校舎の離れに古い木造校舎があるのですが、1階の渡り廊下に不自然に盛り上がっている箇所があるんです。噂では地中の木の根が盛り上がっているのではないかという現実的な話と、生き埋めにされた猫の怨念が盛り上がっているのではないかとも言われています。
有力なのは多くの生徒が知っている、人形が埋められているという説。空襲で亡くなった少女の持っていた人形が地上に放置され、その上に校舎が建てられたというのです。そして、少女の怨念が人形に宿り、地上に出たくて盛り上がっているのではないかと……。当時の私もそうなのかと思っていました。ただ、真相は定かではありませんが……。
でも、私がそこを通るとチリーンと音がするのです。正確には頭の中で聞こえるのです。なぜなら他の友だちには聞こえていないからです。
そこには何かある。何かが埋まっていると思っています。だって、一度だけ黒い人影がもやのように浮かび上がっているのを見たことがあるので。
不自然な場所は、必ず何かあると思っていいかも知れません。霊感体質の人はそういう場所へ絶対立ち入らないことをお勧めします。