浅草小学生時代:
【昭和のお化け屋敷は本当にいた】
子ども時代で一番怖い思いをしたのは日本最古の遊園地での出来事です。小学4年生の時、同級生の友だちと二人でお化け屋敷のスリラーカーに乗りました。お化けが展示してある狭くて暗い空間の中を、小さな車体でくねくねと数分かけて巡るアトラクションです。年齢制限も身長制限もなく、今から見ればかなり幼稚な作りだったと思います。
家の近くにある遊園地だったので小さい時から何十回と来ていることもあり、私にとっては近所の公園みたいなもの。スリラーカーも怖さを味わうというより、見慣れてしまったこともあり、ただの乗り物としかとらえていませんでした。
その日もいつもの通り乗車し、いつもの見慣れたお化けたちの側を通り過ぎながら、友だちとキャッキャ言いながらはしゃいでいました。
……と、その時です。一瞬、背後にぞくっとしたものを感じたのです。ふと振り向くと白装束を着たお婆さんが合掌しながら念仏を唱えているのが見えました。
「あれ? 今まで見たことのないお化けの人形だ」
私の言葉に反応して、友だちもすぐに後ろを振り向きました。ところがスリラーカーはすぐにカーブを曲がってしまい、友だちはそれを見ることができませんでした。
「なになに? どんなやつ? わかんなかったよ」
「さっき新しいのがあったけど、最近できたのかな?」
「私は気づかなかったよ。だいたい一体だけ変えるってことある?」
「じゃあ、私が見間違えたってこと?」
スリラーカーは出口の扉を開け終点に着きました。でも、友だちは納得していない様子。そりゃそうでしょう。初めてのお化け人形を見られなかったのですから。
「美由紀だけずる~い。私も新しいのを見たかった」
「だったら、もう一回入ろうよ」
「え? いいの?」
実は、私としてももう一度確かめたかったのです。一瞬しか目に入らなかったのと、あの時に感じたヒヤッとした戦慄が、今までになかったものだったからです。
私たちは2回目のスリラーカーに乗り込みました。ところが二人して隅々まで見渡したのですが、白装束すら目に入りませんでした。
「美由紀の見間違いだったのよ。あ~あ、お金損した。今度、奢ってよね」
友だちは呆れた感じでおかんむりです。でも、今度は私が納得いきませんでした。
「絶対あったんだって。ねえ、もう一回入ろっ」
「いやよ。あんた一人で入れば」
友だちに見放され、仕方なく今度は私一人で乗り込みました。
ガタンガタン……
無機質な錆びた音を響かせながら暗闇の中を走るスリラーカー。考えてみたらいつも誰かと乗っていたので一人っきりは初めての体験。友だちといる時は子どもだましだと思ってナメてかかっていたのですが、一人だと意外に怖く感じるものだと初めて気づきました。いつも見るお化けの人形が、この時ばかりはとても不気味に思えるのです。口元から滴り落ちる血のりが本物のように見え、恐怖心がいっそう増してきます。
今までにない恐ろしさに包まれながら、ガタゴトと音を響かせながら進むスリラーカー。
「やっぱり気のせいだったのかな……」
そう思った時でした。1回目の時と同じヒヤッとした感じが背後で起きたのです。
「南無妙法蓮華経……」
同時に読経が聞こえてきました。
「え? さっきはなかったよね」
恐る恐る振り向くと……正座をした白装束の老婆が合掌しながら宙に浮いているではありませんか。
「きゃっ!」
思わず悲鳴が出てしまいました。
「これ、人形じゃない!」
白装束の老婆はぶつぶつとお経を唱えながら、私を追いかけてきます。
「早く! 早く!」
私はスリラーカーを前へ前へと押し込みました。早くその場から逃げたかったからです。でも、機械で制御された重い車体が小学生の力でどうにかなるはずもありません。
ゆっくりゆっくり進むスリラーカーに、徐々に追いついてくる白装束の老婆。
「南無妙法蓮華経……」
お経の声がだんだんと近づき大きく聞こえてきました。迫りくるお化けから、逃げたくても逃げられないこの恐怖。やがて、お経は耳元で唱えられ、見ると老婆の顔は私の真横に!
「いやー!」
悲鳴と共にスリラーカーは出口に!
外の明るい日差しで私は正気を取り戻しました。全身、汗びっしょり……。それを見て友だちは笑っています。
「どうしたの? 悲鳴なんかあげて。おっかしいの」
私は恐る恐る出口を見ました。なにもいない……。どうやら助かったみたい。でも、中から念仏を唱える声が聞こえているような気が……。
お化け屋敷にはなにかがいると言われていますが、それはあながち嘘ではないと思います。暗く閉塞感のある場所なので霊も住みつきやすいのでしょう。
この遊園地のお化け屋敷で、お化けに追いかけられるという噂が都市伝説のひとつになっているとのこと。それが私と同じ体験だったのかどうかはわかりませんが、はっきり言えるのは霊感体質の人は一人で利用しないことをおすすめします。なにかあってからでは遅いですから。