東大医学部で講師をしている先生と打ち合わせをしている時、後輩の大学院生というやや美形の女学生が訪ねてきた。眼鏡をかけて賢そうな顔をした典型的な理系女子だ。
二人は今注目の再生医療の話を始め、学会誌を見ながら目を輝かせていた。しかし、私にはチンプンカンプン。山中教授という名前が出た時だけ、分かる単語があったという感じ。完全に生きている次元が違う。
大学院生はポカンとしている私を見て、再生医療の分かりやすい説明をするために一枚の写真を見せてくれた。それはネズミの背中に人間の耳が生えているものだった。
「すごいでしょ、これ!」
と、大学院生は満面の笑みを浮かべて言った。それは『ミミネズミ』と言われるもので、ネズミの背中で人間の耳を培養したものだった。以前、東京大学と京都大学の研究チームが、初めてiPS細胞を使用して作り上げたという。
「もう、可愛くて仕方ないの」
と、写真に頬ずりをする大学院生。不細工な理系男子がそんなことをすると『キモい奴』という印象で済むが、美系の女学生がそんなことをすると不気味でしかない。サイケだ!
動物の体に人間の手足が生えたりするのは昔のSF映画や漫画でよく見た。実際そういうものが出現しようものなら異端の物として気持ち悪がられたものだ。中世のヨーロッパなら見世物にされるか、悪魔の化身として火あぶりにされている。
しかし、今では再生医療が現実のものとなり、ネズミの体を使って人間の耳を人工的に作り出すことができているのだ。
講師の先生は羨ましそうに大学院生に言った。
「いいなぁ、今の大学院はこんな面白い研究ができて。僕もやりたいなぁ。」
「えへへ、いいでしょう。」
…理系の天才の好みはよく分からん。
理系の人間が、マッドサイエンティストになりやすい理由がなんとなく分かった気がする。
ちなみに『ミミネズミ』を見た衝撃を、北海道大学や近畿大学に出入りしている他の理系の研究者に話したところ、そんなものは珍しくなく研究者なら誰もが知っていると言われた…。まぁ、私は一般人ですから。
* * * * *
これはまた別のネズミの話
ある理系の研究者と話をしている時、その人に研究所から電話がかかってきた。電話から漏れてくる話を聞いていて気になったのは実験ネズミのことだった。
「この間の実験ネズミの写真撮った? もうガス室に送っちゃった?」
研究者が電話の相手にこう言ったのである。ガス室とはずいぶん面白い言い方をするものだと思ったので、電話の後で聞いてみた。実験済みのネズミは、その後どうなるのかを。
個人的には、死ぬまで飼い続けるのかなと思っていた。あるいは注射で殺して、その後剝製にするのかとも。死んだら生ゴミとして廃棄されるのか、あるいは薬品まみれだから産業廃棄物扱いで処分されるのかといろいろ考えてみた。
しかし、本当にガス室で処分しているそうなのである。その後、焼却して、灰は専門の供養塔に納め、協力への感謝を込めてちゃんと供養するとのことだった。大学などでは供養祭を行う所もあるそうだ。
嫌われもののネズミとはいえ、人間の未来のために体を捧げているわけだから、やはり供養はしてあげないとね。
[編集後記]
ミミネズミは貴重なので剥製にするのかと思ったが、やはり焼却するそうだ。「そんなのが存在してたら不気味だろ」と言われた。ごもっとも。