工藤静香には、『うしろ髪ひかれ隊』の時代に取材を行ったことがある。その時は同僚記者のY氏と二人で取材場所のスタジオに向かった。
インタビューは一人一人個別に行う予定にしていた。となると、相手は三人なので当然一人あぶれて待ってもらうことになる。
最初に誰が誰を取材するかとなった時、Y氏は斎藤満喜子が好きだったので即決した。私は生稲晃子の高校の担任と顔見知りだったこともあり、どうしても彼女と話がしたかったというのがあった。静香は『セブンティーンクラブ』の時代を知っていたので、新鮮味がないということで後回しすることにした。
自分がはじかれたことを知った彼女は、トレードマークの眉間の皺をさらに深くして、さっと立ち上がると足早にスタジオの隅に移動してしまったのだ。明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
私とY氏はそれに気づいたが、なぜ彼女が怒っているのか理解できなかった。順番が最後になったくらいであんなに怒るなんて…むしろ「生意気だな、あの子」と思っていたほどだ。
しかし、その頃から彼女はプライドが高かったのである。事務所も彼女を中心に売り出そうと目論んでいたのだ。だが、こちらはそんなこととは全く知らず、自分の好みの方に走ってしまっていた。そのために彼女はプライドを傷つけられたと思い怒ったのである。
そのことをスタッフの一人から耳打ちされて我々は焦った。このままではヤバイ! 今後取材拒否にあってしまう! そう思った我々は、斎藤と生稲のインタビューを早々に終えると、二人揃って静香の元へと歩み寄っていった。揉み手をしながら、ヘラヘラと媚びへつらう笑顔で。
さっきまで「生意気だな」と思っていた相手に対し、10分も経たないうちに十代の娘に媚びている二人組の男…。情けなかったが仕方ない。相手はスター候補生だ。
「えへへ…。お待たせしてごめんなさい。静香ちゃんの話をゆっくりじっくり聞きたいと思って後回しになってしまったんです。それに、僕達二人とも静香ちゃんの大ファンなんで、どうしても一緒に話が聞きたかったんです」
…咄嗟にそんな言葉が口から出た。斎藤と生稲にはタメ口だったのに、静香にはなぜか無意識に丁寧語を使ってしまった…。そうして我々は彼女の機嫌を見ながら長時間にわたって交互にインタビューしたのである。
そして取材が終わり、帰ろうとしてドアに向かった時だった。静香が突然こちらに駆けてきたのだ。そして、Y氏の手を取って何かを渡した。見ると手のひらには5~6個のキャンディがあった。
「うふふ、あげる」
そう言って、彼女は戻っていった。すっかりご機嫌が直っていたようだ。良かった良かった。媚びて良かった。その後の彼女の活躍ぶりは言うまでもない。あのまま怒らせていたら、我々は二度とおニャン子の取材はできなかったろう。実力のある者には逆らっちゃいけない…いい年の男が十代の娘に教えられた瞬間でした。
× × × ×
同行したY氏。中村あゆみを怒らせたことがある。
本人曰く、普通に取材をやっていたらしいのだが、突然彼女が怒り出したというのだ。Y氏も訳が分からなくて、取材を終えた後、仲間内の連中に「あの女は性格が悪い。なんで突然キレるんだ。最悪だよ」とボロクソに言っていた。
私もそれを聞かされた一人で、その発言を鵜呑みにしていた。ただ、彼女に会ったことのある他の人たちは、「信じられない。彼女はとてもいい人だ」と対照的なことを言っている。しかし、私にとってY氏は同僚というより恩人に近い存在だったので、彼の言うことを全面的に信じた。そして、私は私の仲間達に「中村あゆみは取材中に突然キレるらしいからタチ悪いよ」と話をしていった。
それから数ヶ月経ったある日のこと。久しぶりにY氏にその話を振ってみた。
「中村あゆみって最悪だったんだよね」
「え? 彼女はいい子だよ」
「なんで? 取材中に訳なく突然キレたって言ってたじゃん」
「ああ、あれね。あとで取材テープ聞き直してみたら、俺の方が失礼なこと聞いてたんだ。怒るのも無理ないよ。ハッハッハ!」
ハッハッハじゃないって。こっちの立場はどうなるの! 気まずくて、しばらく仲間内で中村あゆみの話題はできなかった…。
× × × ×
おニャン子の新田恵理に取材をした時のこと。
本番前に軽く雑談をするのだが、ちょうど『父の日』の前日だったので、「明日、父の日だね。何かプレゼントするの?」と聞いた。すると…
「父は先日亡くなったんです…」
そのあとずっとギクシャクしたのは言うまでもない。情報収集不足による、今でも悔いの残る気まずい取材のひとつだ…。
他にも同行した編集者がやらかしたことがある。デビューから2年経った某アイドル歌手にインタビューすることになったのだが、その時点でレコードは売れていなかった。私はそのことを知っていたのだが、同行した編集者は芸能界音痴なので全く知らない。にもかかわらず余計な一言を発してしまった。
「今度の新曲売れてますよね」
ご機嫌を取るためにヨイショをしたのは明らかだ。だが、現状を知っている私は真っ青になった。しかも、彼女が苦笑いを浮かべながら「いえ、全然売れてないんですよ」と正直に答えたものだから、ますます気まずくなった…。
曲が売れていない歌手にはそれなりのインタビュー内容があるというのに、こういうデリカシーのない者が同行すると失敗をこいてしまうことがある。
[編集後記]
長年この稼業を続けているといろいろとあるものだ…。