面白いオヤジに会ったことがある。カメラマンに、行きつけという魚料理の店に連れて行かれたのだが、そこの大将が名物オヤジなのだという。
ランチタイムが終わる直前に入ったものだから、客は私とカメラマンだけだった。店にはしかめっ面したいかにも頑固そうな大将と年端も行かない若い板前さんがいた。
カメラマンが「どこの席にしようか」と私に聞いた時、大将は間髪入れず「てきとーにカウンターでも座っとけ!」…お~、こわっ!
鉄火丼を頼もうと思っていたら、一般的な赤味と値段が倍もする高級なトロの2種類あった。経費で落とせるならトロにしようかと迷っていたら、「迷うんだったら赤味にしときな!」と大将に決められてしまった。…お~、強引!
実際に作ってくれたのは若い板さん。綺麗な顔立ちで幼さが残っている。職人というよりJUNONボーイ系の顔。まだ十代で、高校には行っていないのだという。顔の造りが違うので、大将の息子でないことは一目瞭然。
その板さんが鉄火丼を作っている最中、大将は客の私達がいる前で板さんを何度もどやしつけている。怖いねぇ…。でも、板さんは嫌な顔をせず、素直に返事をしながら黙々と作り続ける。厳しい~!
だが、その成果はあったようだ。出された鉄火丼は、今まで食べた中で最高に美味かった! 板さんに対し、「美味い!」というよりも、思わず「ありがとう!」と言ってしまったほどだ。こんな美味いものを食べさせてくれてありがとう…心の底からそう思った。板さんは、はにかんだ笑いを返してくれたが、本当に初々しい少年の顔だった。それにしても、なぜ寿司屋に似合わない美少年系のこの子が板前に…?
実は、ここの寿司屋では訳ありの少年を引き取って精神修行させているらしいのだ。引きこもり、対人恐怖症、自閉症など、精神的に傷ついた子が次々やって来て、ここで厳しい修行のもとで鍛えられ社会に順応できる人間へと成長していくのである。
この板さんも中学時代は登校拒否児で、母親からの頼みで大将に預けられたのだという。そんな過程があるからこそ大将はわざと厳しくし、ここに預けられる少年達もそれが分かっているからこそ大将の厳しさを受け入れているのである。大将は、顔が怖くて口が悪いけど、心根はいい人なのだ。
まるで人情味溢れる下町オヤジって感じかな。でも、その店は神奈川の外れの方にある。だから江戸っ子ではない。
店を出る時、領収書をくれと頼んだのだが、いきなり何も書いてない領収書を渡された。そして「自分で書いてくれ!」と。…宛名を書くのが面倒臭かったのだ。
この大将、マグロの解体ではかなり有名な人らしい。各地のイベントで開かれるマグロの解体ショーでは必ず声をかけられるほどだ。実際、テレビにもよく出るらしい。腕前はもちろんのこと、キャラクターもそんな感じだから、テレビの制作者からは気に入られているという。
テレビ出演ではこんな逸話もある。以前、嵐の番組に出た時のことだ。番組スタッフから「アイドルの前でマグロを解体して欲しい」と出演依頼が来た時、「そんなチャラチャラしたもんに出られるかい!」と拒否したという。「俺のマグロの解体はアイドルを盛り立てる為の見せもんじゃねぇ!」…てな感じだったのだろうか。
しかし、スタッフの熱意に折れ、しぶしぶ出演を了承。こうして番組の収録がスタートしたのだが、相葉のひと言で事件発生! 嵐のメンバーが巨大マグロを前に驚愕していた時、相葉が「マグロをテレビに映せば、鉄板です!」と言ったのだ。
「鉄板」とは若者言葉で、「間違いない」「確実な」という意味なのだが、大将にそんなことが分かるはずもなく、「なんだと!マグロを鉄板で焼くだと!」と烈火のごとく怒り出してしまったのである。そして、「ふざけるな!やってられっか!」とその場を離れてしまった。
当然、収録は中断。スタッフは慌てて大将に事情を説明に行き、やっと納得してもらって収録再開にこぎつけることができた。もっともこのシーンはカットされていて、オンエアでは何事もなかったように進行していたが…。これが生放送だったら、グダグダ進行になっていたかもしれない。
こんな頑固な大将だけど、プロデューサーからはそのキャラが気に入られているそうな。怖いけど誰からも慕われる頑固オヤジ…貴重な存在だ。
[編集後記]
カメラマンと大将は相当親しいらしく、カメラマンのところへは夜中の3~4時にいきなり大将から電話がかかってくることもあるという。
「これから賄いを喰わしてやるからすぐ来い」
「え~、勘弁して下さいよ、寝てたんですよ」
「いいから来いって!」
…こんなことはしょっちゅうらしい。