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タケチャンのブログ

広く浅くあちこち首を突っ込んでいます。
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るす「清水次郎長を真人間にした男の物語」

6月2日、日曜は、前日と打って変わって小雨交じりの天気だった。
この日、千葉市民会館で市原高校合同同窓会歴史講演会があった。
演題は「鶴舞藩家老・伏谷如水と侠客・清水次郎長との関係」である。

講師は地域の歴史研究家、鶴舞藩を知る会の事務局長でもある塚原茂氏で、大先輩に当たる。氏は、点字の祖、石川倉治や、様々な方面に詳しく、鋸山の日本寺境内に建立された、夏目漱石と正岡子規の交友の碑にも関わっている。
初代と2代の春日井梅鶯の遺品も彼の資料室にある。

 

講演会発起人の苅込氏(左)と、講師塚原氏(右)。

 

 

司会は本傳寺住職木村氏、同窓会報編集長でもある。

 

来賓は(左から)遠路清水市(現静岡市)より「次郎長翁を知る会」副会長山本氏、
監事杉本氏と、市原高校同窓会長田邊氏、市原高校校長大岩氏。

 

出席対象は昭和30年代の卒業生で、約100人ほど参集した。

 

大きめの机と椅子で、会場はいっぱいであった。
一回り近い先輩ばかりなので、面識が殆ど無いが、意外な親戚だったり、58年ぶりにお目にかかった剣道の師だったり、こう言うところでならではの出会いもあった。

 

 

 

伏谷如水(ふせやじょすい)は、井上藩の家老として浜松から移転を命じられた井上藩主と共に現在の鶴舞の地に来たのであり、墓所は鶴舞にある。次郎長との接点は浜松時代である。
廃藩置県により、鶴舞藩はたった2年の運命に終わる。
長年苔むし、草木に埋もれて誰にも知られぬ存在だった如水の墓が元となり浜松時代の次郎長との関係が掘り起こされる。
これを某新聞が聞きつけ、記事となって、世間があっと驚くことになる。2010年暮れのことである。

 

 

前半は、歴史の真実と、資料解説、後半は、末裔や研究会、両市の交流の模様のビデオ映像
を上映しながらの講演であった。
プレゼンの映像資料は、御年88歳の塚原氏がパワーポイントを使いこなし自ら制作したモノである。

 

氏が制作した年表資料は、絵巻物の如く数メートルにも渡って続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

両市や関係者の交流は今でも続いている。

 

 

講演f後。名調子、お疲れ様でした。

 

 

彼女は、5月下旬まで開催されていた中房総芸術祭おもてなし特別プログラムの、元内田小会場に展示されていた大きな鶴の絵の作者で芸大生であるが、浜松出身で鶴舞の鶴を描いた縁で、特別参加である。

 

今回の講演内容は、新聞あるいは塚原氏が自費出版した「新房総の夜明け」や、同窓会報にも掲載された話なので、知る人は多いとは思うが、知る人ぞ知る話ではある。

 

 

 

 

 

役員の方々。

 

記録係を仰せつかったのであるが、下見も出来ず、当初は開場後30分位で本番開始という時間設定だった。
予定より早めに会場には、入れるように取り計らってくれたのは良いが、マイクのセットや録画の準備、机で会場がいっぱいいっぱいで会場係も机の移動でアタフタとし、目一杯だったため集合写真を撮り忘れたのである。
(ワイアレスマイクは会場常設のモノの他持ち込みも使用した)
と言っても全員を撮る様な場所と、時間は無かったのだが・・・。
動画では一番後ろのカメラには、空調の音が入るし、前のカメラには、プロジェクターのファンの音が煩く入ってしまい、何度やっても「完璧!」は、難しい。

 

6月1日土曜日、数日前までの天気予報が雨だったので、危惧していたが、見事に晴れて、蒸し暑い日になった。
新浦安駅前でのPMJO(フォース・アベニューの姉妹バンド)による能登震災復興支援チャリティコンサートは多くの皆さんのご協力で、大成功だった。

ヴォーカルは、真希朱加里さん、急遽出演となったプレイヤーといつものメンバーさん、地元のキッズダンサーの皆さん、PAさん、裏方さん、お疲れ様。
あっ、バンマスも!
リハーサル中から募金してくださる方々が続き、時には列を作るほどだった。募金協力に加えて、冷たく冷やした高級チョコレートを差し入れてくださった方もいらっしゃった。

感謝!

ご協力頂いた皆さん、ありがとうございます。

 

 

撮影カメラの熱暴走は問題なかったが、複数の機材をいじっていると、特に明るい外だと、いろいろ細かいことで失敗する。やはりどれか間違いない機材が一つは必要であることを痛感する。

音に関しては、近頃安い機材も発売されて大はやりの32ビットフロート録音機がなんと言っても手放せなくなっている。

 

5月26日は、蒸し暑い日だった。
三井アウトレットモール幕張で、フォースアベニューのコンサートがあった。
ゲストは、真希朱加里さん。
楽屋も待機場所も日陰も無い厳しい条件の中だったが、聴衆も一緒になって大いに盛り上がった。
ステージに、テントも無く、皆日焼けした(?)のであった。

 

 

 

 

あれ?バンマス、暑いのに黒シャツ?

 

真希さんもバンマスと同じ帽子!

 

 

 

 

 

ラッパと娘、息もぴったり!

 

 

コンサートマスターの厳しい表情は、何か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暑い上に風がいたずらして譜面が飛び、演奏が始まらない場面があったりしたが、皆さん楽しめた様子で、撤収も楽々進んだ。

 

記録機材の熱対策は、と言えば。
熱暴走に強うと言われたLUMIXだが、一度熱暴走したら、めっきり弱くなってしまった。
私のは、まずレンズ制御が効かなくなる、

 

 

直射日光は、白いタオルを折りたたんで乗せる。
背面には、お馴染みのベルチェ素子使用冷却ラジエーター。

 

室内なら、980円のこのモバイル扇風機で十分なのだが。(電池も1日持つ)

 

そして今回の秘密兵器!子供の急な発熱時に使う冷却ジェルを2枚レンズの根元に貼り付ける。

 

 

これは必要なかったかもしれない、八時間持つと言われるもの。
だが実際終わってみれば、カメラのレンズ筒はヒンヤリしていた。弱酸性でべとつくが、
すんなり剥がれて残らない。これは効果大だ。
今回は熱暴走より、日差しが強くて液晶表示がよく見えず、そのことが原因の失敗があった。いろいろなことが頭を巡る中では、ちょっとしたことで忘れることが多い。
これは暑さの所為では無く年の所為?

 

ちなみにZOOMの機材は、発熱はするが、全く対策せずに連続撮影OKだった。

18日土曜日、気温が上がり暑苦しい日だった。
ザ・フォースアヴェニュー・ビッグ・サウンズ・オーケストラとしては初となる
きらり鎌ケ谷市民ホール「きらりホール」でのコンサートが開催された。
ヴォーカルのゲストは、池ノ本和美さん。
何でもこなす彼女故、ファンやバンマスからの希望を入れて、歌謡曲、ラテン、スタンダードジャズと幅広い内容のコンサートとなった。
久しぶりのバンマスの親友のPAで、ノリノリの演奏で会場と一体になって大いに盛り上がった。

 

リハーサルにも熱が入る。

 

 

 

あんまり見せたことが無い笑顔、バンマスも、新しい機材で臨んだ親友のPAにご満悦。

 

 

きらりのホールの緞帳は鎌ケ谷の原風景。題名の「火出原」は字名か?

鎌ケ谷の名称の由来とは関係なさそうだ(ご存じの方ご教示ください)。

 

 

 

「ラッパと娘」のノリノリの場面。

 

 

いつもより調子の良いバンマス。

 

 

 

 

アンコール曲は、「あの鐘を鳴らすのはあなた」、マイクが壊れそうな勢い!

 

 

 

楽しいコンサートに、メンバーの皆さんも、お客さんも皆笑顔だった。

 

 

次回は5月26日、三井アウトレットパーク幕張Live、1400開演。
ゲスト真希朱加里。入場無料。