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タケチャンのブログ

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29日夕刻より、第24回南市原里山会議が、窮され富小学校体育館にて開催された。

 

体育館入り口のジオラマ。

 

 

作業中の現場のような会場だが、これは、先頃5月下旬まで開催された100年芸術祭、

内房総アートフェスの作品を解体せずに残したままの為である。(小湊鐵道の線路や、

ツルヤマテクノスのプラントを模した展示物)

 

参加者、団体は、芸靴祭もあった関係で、かなり広範囲で、多岐にわたっている。
里山連合会長松本氏、市原市長はじめ、国会議員や県会議員、市会議員、そして小湊鐵道は社長以下総出の雰囲気、いすみ鉄道社長、五井駅駅長も参加である。

 

松本会長

 

小出市長

 

小湊鐵道社長(右)と専務

 

いすみ鉄道社長

 

小湊鉄道社長挨拶はベテランから新人まで総動員、まるで、小湊鉄道再建計画発表会の様相を呈した。営業運転開始から100年、そして100年後に向けて熱く語ったのであった。 

 

 

アートフェス参加の若手芸術家の参加しており、いろいろ説明もあったが、「今回の趣旨」
の各項目は、小湊鐵道の7本柱の説明にほぼ含まれており、会議と言うよりは、発表会、親睦会と言う印象だった。

 

 

会長ご自慢の里山カレーや、特製ガーリック飯、特性唐揚げ、特製コロッケ、特製野菜料理、そして飲み物も、たくさん出たが、皆車なので、大量に用意されていた日本酒や焼酎は、目の保養のみ。

 

今回は時間がたっぷりあるからゆっくり歓談、2次会は運動場で、と言われたが、地元組はともかく、

車での参加者は、中締めの後は、三々五々退出した。

 

 

 

参加者一覧
内田未来学校、元内田小学校特別おもてなしプロジェクト、
米沢の森を考える会(内田の森)、南市原写真クラブも参加している。

 

 

 

 

内田未来楽校での展覧会に行ってきた。

南市原写真クラブ展と、陶芸作品展である。

案内はがきの原作。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来楽校理事長も、多芸である。

 

 

 

「小湊鐵道を撮る仲間たち」展は11日で終わった。

 

今年は一人一作品、提唱者の故加賀浅吉さんの作品を含めて全85作品であった。

 

 

 

今年は素敵なジオラマが出展されていた。

 

 

6月14日からは、内田未来学校で、南市原写真クラブ展と,陶芸展が開催される。

 

 

 

るす「清水次郎長を真人間にした男の物語」

6月2日、日曜は、前日と打って変わって小雨交じりの天気だった。
この日、千葉市民会館で市原高校合同同窓会歴史講演会があった。
演題は「鶴舞藩家老・伏谷如水と侠客・清水次郎長との関係」である。

講師は地域の歴史研究家、鶴舞藩を知る会の事務局長でもある塚原茂氏で、大先輩に当たる。氏は、点字の祖、石川倉治や、様々な方面に詳しく、鋸山の日本寺境内に建立された、夏目漱石と正岡子規の交友の碑にも関わっている。
初代と2代の春日井梅鶯の遺品も彼の資料室にある。

 

講演会発起人の苅込氏(左)と、講師塚原氏(右)。

 

 

司会は本傳寺住職木村氏、同窓会報編集長でもある。

 

来賓は(左から)遠路清水市(現静岡市)より「次郎長翁を知る会」副会長山本氏、
監事杉本氏と、市原高校同窓会長田邊氏、市原高校校長大岩氏。

 

出席対象は昭和30年代の卒業生で、約100人ほど参集した。

 

大きめの机と椅子で、会場はいっぱいであった。
一回り近い先輩ばかりなので、面識が殆ど無いが、意外な親戚だったり、58年ぶりにお目にかかった剣道の師だったり、こう言うところでならではの出会いもあった。

 

 

 

伏谷如水(ふせやじょすい)は、井上藩の家老として浜松から移転を命じられた井上藩主と共に現在の鶴舞の地に来たのであり、墓所は鶴舞にある。次郎長との接点は浜松時代である。
廃藩置県により、鶴舞藩はたった2年の運命に終わる。
長年苔むし、草木に埋もれて誰にも知られぬ存在だった如水の墓が元となり浜松時代の次郎長との関係が掘り起こされる。
これを某新聞が聞きつけ、記事となって、世間があっと驚くことになる。2010年暮れのことである。

 

 

前半は、歴史の真実と、資料解説、後半は、末裔や研究会、両市の交流の模様のビデオ映像
を上映しながらの講演であった。
プレゼンの映像資料は、御年88歳の塚原氏がパワーポイントを使いこなし自ら制作したモノである。

 

氏が制作した年表資料は、絵巻物の如く数メートルにも渡って続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

両市や関係者の交流は今でも続いている。

 

 

講演f後。名調子、お疲れ様でした。

 

 

彼女は、5月下旬まで開催されていた中房総芸術祭おもてなし特別プログラムの、元内田小会場に展示されていた大きな鶴の絵の作者で芸大生であるが、浜松出身で鶴舞の鶴を描いた縁で、特別参加である。

 

今回の講演内容は、新聞あるいは塚原氏が自費出版した「新房総の夜明け」や、同窓会報にも掲載された話なので、知る人は多いとは思うが、知る人ぞ知る話ではある。

 

 

 

 

 

役員の方々。

 

記録係を仰せつかったのであるが、下見も出来ず、当初は開場後30分位で本番開始という時間設定だった。
予定より早めに会場には、入れるように取り計らってくれたのは良いが、マイクのセットや録画の準備、机で会場がいっぱいいっぱいで会場係も机の移動でアタフタとし、目一杯だったため集合写真を撮り忘れたのである。
(ワイアレスマイクは会場常設のモノの他持ち込みも使用した)
と言っても全員を撮る様な場所と、時間は無かったのだが・・・。
動画では一番後ろのカメラには、空調の音が入るし、前のカメラには、プロジェクターのファンの音が煩く入ってしまい、何度やっても「完璧!」は、難しい。