今日は、少し昔の話を書こうと思います。

 

高校に行けなくなっていた頃、
僕は一度、電車で幼なじみから逃げようとしたことがあります。

 

その友達とは、保育園の頃からの付き合いでした。

中学校では3年間同じクラス。


部活は違ったけれど、同じ時間を過ごしていました。

高校はそれぞれ別の学校に進学しました。

 

会う機会は少なくなったけれど、
たまに電車で会えば、普通に話す。


そんな関係でした。

 

でも、僕が学校に行けなくなってから、
その「普通に話す」ということが、急に難しくなりました。

 

たまたま学校に行けた日。
電車の中で、その友達と一緒になりました。

 

本来なら、「久しぶり」

と声をかければよかったのだと思います。

 

でも、その時の僕は、そうできませんでした。

 

気まずかったのか。
恥ずかしかったのか。
何を聞かれるのが怖かったのか。

 

自分でもうまく説明できません。

 

ただ、
「学校に行けていない自分」を知られるのが怖かった。

 

高校だけでなく、地元でもなんとなく噂になっているようでした。

本当に誰かがそう言っていたのかは分かりません。

 

でも当時の僕には、
周りの人みんなが自分のことをそう見ているように感じていました。

だから、電車で幼なじみに会った時、


僕は反射的に逃げようとしてしまいました。

 

今思えば、その友達はきっと、
そんなふうに僕を責めたり、笑ったりする人ではなかったと思います。

 

でも、あの頃の僕には、
相手がどう思うかよりも先に、
自分自身が自分の状況を受け入れられていませんでした。

 

学校に行けないこと。
みんなと同じようにできないこと。
昨日まで普通だったことが、急に普通ではなくなったこと。

 

その全部が、恥ずかしくて、苦しくて、
誰かに会うことすら怖くなっていました。

 

今でも、その友達とは仲良くしています。

そして今では、当時のことも笑い話になっています。

 

「あの時、逃げようとしてたよな」

そんなふうに言えるくらい、時間が経ちました。

 

今週の土曜日には、その友達の家でご飯会をします。

その子の両親も来てくれる予定です。

 

小学生の頃、毎年のように誕生日会に呼んでもらっていました。

そこで食べた、その友達のお母さんが作るカレーライス。
そして、トッピングで卵を入れるのが本当に美味しかったこと。

 

その話を今回したところ、
なんとお母さんが“シェフ”として来てくれることになりました。

 

あの頃、電車で逃げようとした友達と、
今では家族ぐるみでご飯を食べる。

 

人生は不思議だなと思います。

 

当時の自分にとっては、
あの電車の中の数分が、ものすごく苦しかった。

 

でも今振り返ると、
その出来事も含めて、今の自分につながっている気がします。

 

学校に行けなかったこと。
人に会うのが怖かったこと。
噂されている気がして、外に出るだけで緊張したこと。
友達から逃げようとしてしまったこと。

できれば経験したくなかったこともたくさんあります。

 

あの時の自分は、
あの時の自分なりに、必死に自分を守ろうとしていたのだと思います。

そして、そんな自分を変わらず友達でいてくれた存在がいることに、
今はとても感謝しています。

 

あの頃は、ただ恥ずかしかった出来事。

 

でも今は、


人の優しさや、時間が少しずつ傷を和らげてくれることを教えてくれる、
 

大切な思い出のひとつです。

 

本日も貴重なお時間を割いて読んでくださり、ありがとうございました。