モチベーターコーチ金子剛「自由なら無敵」ブログ -21ページ目

「自由」と「わがまま」の違い


モチベーターコーチの金子剛です。



僕の考えるところの「自由」についての考察 その3です。


責任をもつのが自由、
無責任なのは我儘(わがまま)。


これは以前から散々、世の中で実しやかに言われてるので、
あなたも耳にしたことがあると思う。
そして、それはウソだって話を前回 しました。



じゃあ、
どちらでも結局、責任をとれるのが自分だけだとしたら、
自由と我儘の違いは何だと思いますか?


それとも、
「責任の有無」が関係ないなら、自由と我儘は同じだと思う?


僕は根本的なところが違うと捉えています。
結論を言います。


 自由は意思から生まれる。
 我儘は感情から発せられる。


どうですか?ピンときました?
もしくは、


━━━━━━━━━━━
 「自由」は意志の表れ。
 「我儘」は感情の表れ。
━━━━━━━━━━━


と言い換えると、もう少し伝わりやすいかな。



我儘は、その一時の感情の発散・発露でしょう。
それに対して、
自由は意志に根差した、意識的な態度・姿勢です。


日常の中では、
さまざまなことが起こります。
いろいろな人間関係や出来事もあります。
環境や条件も絡みついてきます。


そして、
そのことに右往左往したり、感情を逆なでされることも
あるでしょう。
まるで、誰かに操られているかのように。


それに振り回されない、コントロールされない、誰かのせいにしない
という意志的な在り方が「自由」です。
常に「自分を由(理由)とする」在り方を求める意志です。



朝、気持ち良く目覚めて
「今日は楽しくなりそうだな♪」と思ってたら、
嫌いな人から嫌味なメールが届いて、暗い気持ちなった。


好きなカフェで気分を変えようと思ったら、
気の利かない新人店員にムッとした。


ありがちなことじゃない?


でも、それって、
<相手次第>ってことでしょ?
自分以外のものが主体ってことでしょ?


自分はひとりの独立した人間で、その人生の主役なのにさ。


考えてること、感じてること、やろうとしてること。
どれも、
誰かに操作されたり、与えらえるものじゃない。
自分でつくり出すものでしょう。


「自由」は
好き勝手し放題、我儘で傲慢(ごうまん)なわけでもなく、
脳天気な浮かれ野郎でもない。


「自由」は自分に理由を見い出す、意志に基づいた在り方です。



ところで、次回は
「自由は、決して得られないもの」というお話しです。





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「自由」には責任がある、ってウソ


モチベーターコーチの金子剛です。



「自由には責任がある」という言われ方をする。


「責任を負うくらいなら、自由なんて重たいだけじゃん」
という声もある。
じゃあ、「不自由=誰かに従う」なら責任は無いだろうか。


確かに、「自由=自らを由とする」でなく
自分以外のナニモノかに従うなら、
その結果の責任も「自分以外のナニモノか」にあるから、
誰かが責任を負ってくれる、というように聞こえる。


ある一面では正しいし、事実だろう。



たとえば、
上司や会社の指示に従って動いた結果は
上司や会社が責任を持ってくれる、かも知れない。


口先だけの上司・会社じゃなければ、
一緒に謝ってくれたり、「責任は会社にあります」と言ってくれる
かも知れない。


誰かが責任を負ってくれる「形」にはなるだろう。


でも、
本当にこれで全ての責任を持ってもらえた
と言えるだろうか?


たとえ、上司や会社の指示通りにやったことだとしても、
それによって
失敗した経験や誰かを傷つけた感触がなくなるだろうか?
すべてチャラになる?ゼロになる?



たとえば、二人の男性がいました。
それぞれ、好きな女性がいました。


A君はその思いをどうしても伝えたくて、
大好きなBさんに告白しました。


C君は告白するかどうか悩んでました。
恋愛の達人といわれる友人に相談したところ、
「好きな人には積極的にアプローチしなくちゃ!」と言われて
Dさんに告白しました。


結果、
A君もC君もフラれてしまいました。


この時、
自分で告白を決めたA君の方が失恋の痛手が大きくて、
言われた通りに告白したC君はまるで平気でした。
・・・なんてこと、ある?


仮に、相談相手の達人が
「フラれたのは俺のアドバイスが悪かった」と言ってくれたら
C君は失恋の悲しみもなく、無傷でいられる?


自分の心には確実に残るでしょう。
(無傷だったら、「恋」なんて呼べないでしょう)


そこに残ったものの始末をつけるのは、結局、自分でしょう。
トラウマみたいなものが残れば、
それも自分で向き合っていくしか無いでしょう。
何も無かったことにはならないでしょう。



誰かが誰かの責任を負う、
なんてことは形式や言葉上では出来るかも知れないけれど、
すべてを「肩代わり」することなんて出来ない。
傷みも反省も後悔も、自分で引き受けることになるでしょう。


自由に行動しても、
不自由に ―誰かの言われるとおりに― 行動しても、
「自分に責任がある」のは同じ。


「自由」に責任があるのは事実だけど、
誰かに委ねて「不自由」にやったことも、責任をとれるのは自分だけ。


自由にやっても自己責任、指示通り・命令通りでも自己責任
なのだ。


どっちにしても最終的な責任が自分に在るなら、
自分の理由で行動したいか?
誰かの指示に従いたいか?って違いだけだろう。


あなたなら、どっちで行動したい?


自分で考え、自分で判断し、自分で想像し、自分で決断するのが良いか。
権威や慣習、既成の価値観に合わせるのが良いか。

自由か、不自由か、だ。




「責任の所在は、自由でも不自由でも、どっちにしても自分に在る」


この考えに理解・共感してもらえたとして、
世間でよく
「責任をもつのが自由、無責任なのが我儘(わがまま)」
と並べられる「自由」と「わがまま」の違いは何だと、あなたは思う?


次回はこの二つの違いについてお話しします。





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「自由」の定義


モチベーターコーチの金子剛です。



「自由」というのは、
たとえば、大辞林(第3版)では


他からの強制・拘束・支配などを受けないで,自らの意志や本性に従っている・こと(さま)。自らを統御する自律性,内なる必然から行為する自発性などがその内容で,これに関して当の主体の能力・権利・責任などが問題となる。
(ア)哲学的な意味では,自らを自律的に統御し,内なる必然から自発的に行為すること。外的自然からの自由,内的自然(理性や意志以外の要因)からの自由,他人による強制からの自由に分かれる。意志の自由とほぼ同義。
(イ)社会学的な意味では,社会集団が個人の自律的な判断・決定能力を発展させる構造的条件を備えていること。基本的人権のほか価値・規範体系の整備なども含む。 「 -な社会の実現」
という風につづく。

僕がいうところの「自由」については、
何度も書いてるけれど「自らを由とする」ということ。


自分以外の何かに従がったり、動かされるのでなく、
自分を「由=理由」とする。
つまり、
「自分の言動の理由は自分に在る」ってのが「自由」だ。



ひとは、いろいろな影響を受ける。


身の周りの出来事や言葉、行ないに心を動かす。
支えられる。
そして、それが各個人を形成して行く。


一方で、
そうした出来事や言葉、行ないに
(意識する・しないに関わらず)左右されもする。


習慣や通念、慣例という型に沿わせたり、当てハメて
自分以外の
決まったワクの中におさめてしまう。


ひとり一人、環境や条件も違えば
感受性も考え方も趣味嗜好も違うのにね。



それでも、
絶対的な法則・公式があって、
それに合わせて自分を生きられるなら楽ちんだ。
考えなくてイイ。
悩まなくてイイ。


ロボットのように押されたスイッチに合わせて
従順に動いていればイイ。


なにか不都合が起こっても、
それは法則や公式、押されたスイッチが悪いだけ。
責任は自分以外のナニモノか、にある。



だから、世間ではよく、
「自由には責任がある」という言われ方をする。


自分以外のナニモノかに従ったのなら、
その結果の責任は「自分以外のナニモノ」にあるから、
確かに、それは正しい定義のように聞こえる。


しかし、これは大ウソだし、言葉のトリックだ。
次回はその話をしようと思う。



自由には責任があり、
誰かに従う(不自由)なら責任は問われない。


あなたはこの言葉を信じていますか?





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自由って何だ?!


モチベーターコーチの金子剛です。



これまで
このブログには僕が「自由」だと思うことについて
あれこれと書きなぐってきた。


それは、
自分だけじゃなく、クライアントさんや友人とのやり取りの中で
感じたこと、気づいたことなど、ね。


で、今度は
もっと基本的なところに戻って、
「自由」そのものについて考えるところを
書いてみようと思う。



「自由」という言葉は使い古されているし、
誰でも知っている。


その反面、
「自由」という言葉に逆に不自由を感じたり、
苦しめられている人も多い。
それは、どこかで
「自由」を勘違いしていたり、捉え違えてたりするからだ。


たとえば、
「自由」の引き合いに出される言葉に「わがまま」がある。
これも勘違いを助長させるひとつだ。
まるで方向性も意味するところも違うのに、
あたかもそれらしい理屈で、並べられ、比べられることが多い。


また、
「自由」をその人の性格やパターンだと捉える向きもある。
青臭い理想論、絵空事だという人もある。



昔から知ってる言葉でありながら、
どこか曖昧(あいまい)で、イメージが先行している「自由」。


やっぱり、「自由」は大切だし、
その在り方しだいで、多くのことが違ってくると僕は信じているので、
改めて今更ながらも
「自由って何だ?!」ってことを、言語化しておきたいと思う。


次回あたりから少しずつ書いていきますので、
「なるほど!」とか「違うだろ!」と
あなたの「自由」と照らしながら読んでもらえたら嬉しいです。



あなたにとって「自由」はどんな意味をもってますか?





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あなたの敵、あなたの味方


モチベーターコーチの金子剛です。



その背中を押すのも、勇気をくじくのも
あなた自身。


嫌なことを見つけるのも、笑顔の種を植えるのも
あなた自身。


途中で放り出すのも、続けるのも
あなた自身。



何よりも強力な敵はあなた自身。
誰よりも一番の味方はあなた自身。



だからこそ、
あなた自身とのコミュニケーションが大切なんだ。





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