モチベーターコーチ金子剛「自由なら無敵」ブログ -20ページ目

今の「自由」に意識の焦点を当てること


モチベーターコーチの金子剛です。



僕の考えるところの「自由」についての考察 その7です。

「自由」を過去・現在・未来の3つに分けて捉える2回目は
「現在」です。




ところで今、あなたは「自由」ですか。


昨日や一昨日、
誰かの言動で気分を悪くしたりして、不自由だったとしても、
今この瞬間は「自由」ですか。
自分の考えや欲求は、自分を「由(理由)」としていますか。



先日、ふと気づくと

高校一年生の時に流行っていた歌を口ずさんでました。


「ん、なんでこの歌を歌ってんだ?」


もう何年も聴いてない曲なのに、何故、その日に限って
僕の頭の中でその曲が繰り返し流れているのか、判りませんでした。



特に意識に留めなかったのに、
CMで流れてたり、お店のBGMに使われてた曲が
頭の中でリフレインしてる、って体験は誰にでもあるでしょう。


意識に留めない、からこそ
潜在意識にストンと落ちて、それが頭の中で鳴り続るってのは
よくあることです。


それは、つまり
自分で意図をもって、意識的にその曲を口ずさんでるんじゃなく、
気づかないところで動かされている、ってことでもあります。

気ままに歌ってるようでいて、
実際には他の何かに「そうさせられている」のです。



本人は「自由」に思いついた言動をしている積りでも、
実は自分の外側のものに左右されている。


これって、恐くないですか。


自分で考え、自分で感じているようで、
ほんとうは自分以外の何かに
影響され、左右され、コントロールされてるとしたら。
自分で判断し、決断を下している積りが
周囲の現象や出来事へのリアクションに過ぎなかったとしたら。


たとえば、色や香りからイメージが喚起されたり、
心が動いたり、懐かしい情景を思い出すこともある。


色も香りも
セラピーとして活用することが出来る反面、
無意識でいると、それにコントロールされることだって起こり得る。



だから、「意識的である」ということは
「自由」であるための非常に大切な鍵(かぎ)だ。


なぜ、物事をそのように捉えてるのか。
なぜ、自分は今、この感情を相手に覚えているのか。
なぜ、この行動を取りたいのか。


「自由」でいるためには、意識をそこに当てる必要があるんだ。



ちなみに、冒頭の僕が口ずさんでいた歌の話のつづきだけど、
僕も「なぜ、この歌なんだ?」と意識の光を当ててみた。


そして、気づいた。


その日、僕はいつもより腰のコンディションが悪くて、
拳(こぶし)で腰を「トントン」と叩いたんだ。
まぁ、いわゆるお爺さんっぽいポーズをしたわけ。


で、自分でそのポーズをとった時、
高校時代に僕とは別の体育会系クラブにいた奴が、
腰を痛めてて年中、腰をトントンやってて「ジジ臭いなぁ」と
思って眺めてたのを思い出したんだ。


そして、そのあまり親しくない彼との思い出のひとつが、
当時はCDなんてなくて、
大きな30cmのLPレコードをわざわざ学校まで持って行って
貸してやったことだった。


そう、そのLPの中で一番のヒット曲が
過日、僕が口ずさんでいた歌だったんだ。


僕が自分で「腰をトントン」したことからイメージが連鎖して
あの曲を歌わせたんだ。



理由もなく、考えや感情が生まれることは(ほとんど)無い。
頭や心の裏側で何かが動いて、生まれるもんだ。


自発的なものならイイ。
意識的で意図したものならイイ。


ただ、条件反射的に動かされたり、コントロールされているなら、
それに気づいて、避けたいじゃないか。
本当にそれが自分のモノなのか確認したいじゃないか。




至るところで、
頭も心も身体も無防備のまま開けっ放しにしてる人の姿が目につく。

自分自身を他者に預けて、任せてるのを目にする。


これは非常に危険だ。


知らぬ間に他人の人生を生きてるってことになる前に、
意識の光を当てた方がいい。




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大好きな父さん


金子剛です。



今日、父が亡くなった。


20日、血圧が下がって呼吸が弱くなった。
母と駆けつけたが、その後もちなおした。


昨日、見舞いに行って、「もう残り少ないんだな」と感じた。


今朝、病院から電話があって再び母と出向いた。
よく耳にする話ではあるけど、
本当に僕と母の到着を待っていたかのように
血圧が下がり、呼吸も間遠くなった。


静かに消えるように逝った。



大好きな父だった。
子供の頃はよく遊んでもらった。
反発したこともある。
反感を覚えたこともある。


幼稚園や小学校低学年の僕は年に数回も高熱を出して
夜中、病院に連れて行かれた。
今、よく思い出すのは、その時の背負ってくれた父の背中だ。


47歳で倒れ、心臓の大手術をし、
71歳で脳梗塞を患い、
思えば病気や薬との付き合いの長い父だった。


それも、やっと終われた。



このブログでは余りプライベートなことは書かないできたけど、
以前の記事で心配して下さった方々もいらっしゃるので、
父の思い出と共に記しておきます。


ありがとう。





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過去からの「自由」


モチベーターコーチの金子剛です。



僕の考えるところの「自由」についての考察 その6です。



前回、「自由」を過去・現在・未来の3つに分けて捉える
という話をしました。
今回は過去について触れて行きます。


と言っても、「自由」の歴史を探ろうって訳じゃありません。


僕自身、あなた自身の過去が、
現在の自分に影響を及ぼしている、という観点から
考えたいということです。



僕たちは、これまで多かれ少なかれ
育てられ、教えられ、経験をし、何かを学んできました。
そして、僕は僕なりに、あなたはあなたらしく
物事を捉え、考えます。
自分なりの習慣やルールもあるでしょう。


そうして培(つちか)ってきた自分自身に則(のっと)って
考え、行動します。


過去に失敗した経験があれば、
似たような場面に出くわすと、それを避けるように動きます。
上手く出来たことがあれば、
似たような場面では、また同じように上手くやろうとします。
誰かに注意されたことは、繰り返すまいとし、
教えられことを間違いのないように行おうとします。


ひとは、体験したことから学ぶからです。



しかし、それはどれも「過去」の産物です。
どれも昨日までの自分です。


もしも
「僕のこれまでの経験から言って、人生ってのはこんなもんでしょう」
と、5歳の子供が話したら、どう思います?


「いやいや、人生ってのは想定外のことが起こるもんだよ」とか、
「驚きに溢れた未知との出会いの繰り返しだよ」とか
ひと言いいたくなるでしょ?


ところが、
10年、30年、50年と生きてくると
「僕のこれまでの経験から言って、人生ってのはこんなもんでしょう」
って言葉が、それらしく聞こえてしまう。

まるで悟ったようなことを言ってしまう。
すべて見通せてるようなセリフをクチにする。


地球や宇宙の歴史に比べたら
生まれて数日にも満たないような、わずかな経験しかないのにね。



僕たちは、ともすると
過去の尺度で、現在と未来を測ろうとしてしまう。
過去の経験、過去の基準、過去の出来事で
「未知」を知ったつもりになってしまう。

「自らを由」とするよりも、「過去を由」としてるってことだ。


今、「自由」に考えてるんじゃなく、
過去を基準にし、過去に左右され、過去をなぞってるだけ。


過去に生きてるのと変わらない。


これまでの自分を脱け出て、
これまでの自分を「過去」として見つめられたとき、
ひとは過去を超えることが出来る。


過去を超えることで、
あらたな見方・考え方ができ、創造することが始まる。
そして、今の自分を由として、
他者に翻弄されずに自分のハンドルを握ることができる。



あなたは、今のあなたとして自由ですか。
過去の複製になっていませんか。




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3つの「自由」


モチベーターコーチの金子剛です。



僕の考えるところの「自由」についての考察 その5です。



「自由」とは、「自らを由(理由)とする」こと。

つまり、自分以外のナニモノかに委ねるのでなく、
自分を軸として考え、感じ、行動する、ということだ。


と・は・い・え、


僕たちは意識する・しないに関わらず、
様々な影響を受けている。
自分だけの考えと思っていることでさえ、だ。


もちろん、
他者から影響を受けることも、刺激されることも悪くない。
むしろ、必要な事だ。


ただし、それをそのまま信じ込んで「由(理由)」とするのでなく、
しっかりと自分の「由(理由)」としているかどうか、だ。



純粋なはずの子供たちが、
お絵かきで太陽を赤く描くのはどうしてだろう?
日々、こなしていることが
実はただリアクションしているだけってことはない?


僕自身の中にも自由と不自由が入り混じっている。
あなたの中にもきっとあるでしょう。



クライアントさんとのセッションで僕が大切にしているのは、
いつもその人の「自由」だ。
そして、その時は大きく3つに分けて自由を捉えるようにしている。
「過去」「現在」「未来」の3つの自由だ。


それは、

誰かから強烈に強(し)いられていたり、
「×××しなきゃいけない」と思い込んでいたり、
「なんとなく」思わされてることに動かされていないか?ってことだ。
それが自分だと勘違いしていないか、ってことだ。


そして、自分の中に巣食う「不自由」に気づいて、
ひとつでも自由に戻ると、
クライアントさんの悩みや課題に光明が射すのだ。



自分の毎日を
自身を主体的に、能動的に、創造的に送ろうとするのが「自由」。
他者に理由を求め(=他由)
依存的に、受動的で、操作され流されるのが「不自由」。


次回以降では、
「過去」「現在」「未来」の3つに分けた「自由」について

それぞれ考えて行きます。



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誰も「自由」を獲得できない


モチベーターコーチの金子剛です。



僕の考えるところの「自由」についての考察 その4です。



とかく「自由」というと、
特にこのWEBの世界では不労所得を得る方法だったりする。
お金の制約から放たれること=「自由」
という考えだ。


確かにそれも「自由」のひとつの在り方だ。


僕も借金がゼロになった時は「自由になった!」って思えた。
お金のプレッシャーって何をしてても付いて回るから、
それが無くなると大きな重しが取れるんだ。


しかし、どれだけのお金や収入源を得ても
収入が増えるのと同じだけ「不自由」が増してる人も多い。


Aさんは貯金や収入源がなくても借金が無いだけで
「自由」な気持ちになる。
一方でBさんはお金をたくさん持っていて明日に不安がなくても
「不自由」に囚われる。


そして、そのAさんでさえ、
借金が無いだけで「自由」だったはずなのに、
いつしか「不自由」を感じ始める。


そういうこと、あるでしょ?



もちろん、これはお金に限った話じゃない。
仕事や時間、夢や希望、人間関係や恋愛もそう。
あれば「自由」、無ければ「不自由」ってもんじゃない。


なんども言ってるけど、
「自由」は「自らを由(理由)とする」ことだ。
自分が基準、ってことだ。
自分を軸にしている、ってことだ。


だから、
何かを得たり、何かを叶(かな)えたり、何処かに到達しても
それがそのまま「自由」とは限らない。
そして、そこで仮に「自由」を得たと感じても、
次の瞬間に、新しい環境や、そこで起こる出来事の中で
「自由」を失うこともある。


なんでだと思う?



つまり、
「自由」はモノじゃないからだ。


100万円を手に入れたら、その人は100万円持っている。
5,000万円を得たら、使わない限り5,000万円が残る。

好きな服を買えば、好きな服は自分のモノになる。
車を買えば、愛車になる。


モノは手に入れたら、そこにある。
(やがてボロになるとか減価償却される、ってのは置いといて)


でも、「自由」はモノじゃない。
あえて言うなら、ナマモノみたいなものだ。
「生き物」と言ってもイイ。


「自らを由」として考え、選び、創造し、行動したとしても、
次の瞬間には
他の何かを基準にしてしまうこともある。
ルールや習慣、誰かからのプレッシャーを理由に
手放してしまうこともある。
理由のわからない衝動に突き動かされることだってある。


固定したモノじゃなく、
ナマモノで生き物だから、止まっていないのだ。
変化し続けているんだ。



だから、断言できる。
どんな人も、決して「自由」を獲得できない、と。


それは、

「自由」は決して獲得できる「モノ」じゃないからだ。
一度、手にしたら完成するものでも、完了するものでもないんだ。


常にその瞬間、瞬間に
「自由」であろうとする意志であり、行動そのものなのだ。
サーカスの綱渡りみたいに一歩一歩バランスを取らなければ、
失ってしまうのだ。


と、言・う・こ・と・は、


昨日まで
すべての意思決定を自分基準でやって来たとしても、
明日には「不自由」の固まりになるかも知れない。


そして、昨日まで
他人まかせで責任転嫁し続けて、人の後を追いかけるばかり
だったとしても、
今この瞬間から「自由」になることもできる。


つまり、
「自由」であるかどうかは、自分で決められるってこと。
「自由」はいつも、あなた次第なのだ。


あなたはどっちがイイ?
自分の「YES」に従うか、他者の「Do It!」に従うか。




そうは言っても、まだまだ
漠然としてたり曖昧だったりするのが「自由」と「不自由」。
そこで次回からは
「自由」を幾つかの側面に分けて、考えていきます。





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