モナカさん(カニヘンダックス+ワイヤー)とはかれこれ14年の付き合いになる。
14歳といえば中学2年生の年だが、ヒト年齢で表すならもう70代ぐらいだろうか。
言葉はまるで通じないが、14年も苦楽を共にすればもはや阿吽の呼吸に等しい。むしろ、そこに言葉は必要としなかった。
私は、いや私たち家族は、これまでも、そしてこれからも犬を犬として扱わない。
呼称も「1匹(1頭)」ではなく「1人」だし、本当の意味でいえば長男はズーではなくモナカさんだ【ひとつ屋根の下での思い出は雲泥の差である】。
とはいえ、スーパーには連れて行けないし、おなじ食べ物もあげられないし、留守番も多々あるし、歩くときは繋がれるし……。
ヒト家族同様の扱いは叶わないという矛盾はあるが、愛情の秤はそこではない。
毎日の散歩や定期的なメンテナンス(メディカルチェック)、手作りフードやおもちゃで遊ぶ時間、そして存在をしっかりと認めて愛情ある言葉がけをすることでもう十分なのである【モナカさん自身もそう同意してると確信したい】。
子どもが生まれてきたのをきっかけに、愛犬は粗末な扱いを受けるという話を耳にすることが時々ある。
これまでは愛玩犬としてもてなされてきたが、人間の勝手な判断で手のひらを返すように愛情の矛先が子どもへと変わってしまう悲劇にも似た事象だ。
このとき愛犬はいったいどういう気持ちなのだろう。おそらく悲しくて、寂しくて、主人に裏切られたような、そのような心境に陥っているに違いない。
私は「ペット」としてではなく「家族」同様の扱いを可能な限り証明するため、犬用のケージは購入せず、犬用のベッドも与えず、同じ布団で一夜を共にし癒しを分け合っている【現在進行形】。
夜な夜なモナカさんは家族全員の布団の中に入り込んで、心地よい体温と柔らかな感触で足元に幸福を与えてくれている。起床後もしばしその痕跡が着いて離れない。
その余韻は中毒性がとてもあり、その環境から逸脱することはとても考えられなかった。
じつは、動物の雑菌に触れ合う生活(過剰過ぎるのは良くないが)に慣れ親しんでいる子どもの方が、そうでない子どもに比べて風邪を引く確率が低いという統計があるとかないとか。
愛犬の存在がヒトの免疫力を強めているのだとすれば、癒しそれ以上に家族に貢献しているといえる。
つまり、赤ん坊がひとり、ふたりと増えたところで、生活基準を変更する意図は到底見当たらない。
私のこの判断は、同じ愛犬家の方であれば少なからず共感共鳴してもらえるように思う。
逆に人によっては(愛犬家ではない人によっては)、生まれてくる赤ん坊を思うあまり、懐疑的な発言を繰り出す人も中にはいるのだろう。
「赤ちゃん生まれてくるのに、犬はいったいどうするつもりなの?」と。
どうするもこうするも、ない。
これまでどおり、愛情もってひとつ屋根の下で苦楽を共にするに決まっている。


