子どもが生まれたときに、親がかけるひと言目が子に与えるはじめてのギフトなのだという。



私はそれを命名とおなじぐらい強く意識していたので、はじめてかける言葉がけ選びに思いを巡らせた。






「生まれてきてくれてありがとう」


思案するなかで、このワードだけは避けるようにしようと決めていた。




無論そのワードやそのワードを選んだ人を否定する意味ではなく、ただ単にこれまで聞いたことのないような斬新で奇抜なパワーワードがほしいだけだった。




つまり私の場合、子どもへのギフト【愛情】というよりも、自己満足【エゴ】が優先していた可能性は否めない。


はたして、それで子どもが満足するのかそうでないかは子どものみぞ知る話だが、どうしても使い古されたワードの選択だけは避けたかった。




ギフトにするためのパワーワードは思いのほか難航を極めた。


脳がもっとも活発になれる早朝時間を利用して、2週間ほど熟考してみたが、腑に落ちるワードは見つからなかった。



無理もない。ひらめきとは、考えるものではなく空から突然降ってくるものなのだから。





最終候補は「はじめてまして」をもじった「いらっしゃいませ」に落ちついたが、やはりどこかパンチが弱い。



かといえ「こんにちは、赤ちゃん」だとキャッチコピーのような類似感にあふれている。





と、そうこう考えに考えながら時間が経つうちに、ひとつの結論に到達した。




いくら考えても答えが出てこない、ひらめきも降ってこない。


ならば、何も考えずに対面したときにパッと思いついた言葉をギフトにしよう、と。




いわゆる「直感」が、パワーワードを生み出してくれることを信じて、私はズーとの初対面当日に臨んだ。







そして、私は流れに身を任せるように言葉を発した。




頭の中は無のはずなのに、あれだけ頑なに拒んでいたはずなのに、使い古されたはずなのに、出てきた言葉は唯一無二のパワーワードにすら感じられた。







「生まれてきてくれてありがとう」






……今ならわかる。



なぜこのワードが多く選ばれているのか、あるいは突発的に出てくるワードなのか。



使われても使われてもまた使いたくなるワードギフトとして人々から重宝される理由は、子宝に込められた感謝への思いからだろう。



そして、健康で無事に生まれてこれたんだから、べつになんだっていいじゃん、言葉なんて。

と、生まれてきたばかりのズーにいわれているような、そんな気がした。








あれから4年……。


私はズーとの会話のなかで、ふとした拍子に「生まれてきてくれてありがとう」とよく口にしている。







そのたびに「うん、いいよー」と笑顔で返してくれる。






はじめてのギフトは、4年が経った今も贈り続けている。