震災の日
大震災から16年。
寝過ごした昨年以外は毎年合掌と祈りを捧げる様にしている。
実家は神戸市内も、被災はほとんど無く、玄関などに微小の歪みが生じたくらいだった。
家の中も落下や破損は少量だった。
やけに静かな街並みの中、水道管が破裂したのか勢い良く側溝を流れる水の音、遠くで走る緊急車両のサイレン音、この2音がただただ響いていた。
とにかく寒く、恐怖なのか分からないが震えて表に立ち尽くしていた。
たしか小雪も舞っていた。
その日偶然にも所用でどうしても高校に行く必要がありアポをとっていたので、午前中のうちに近所の母校へと原付で向かった。
すると、正門前に‘授業は午後から’の立て看板があり驚いた。
今なら、そんな学校って大事か?って思うが、当時の校風はそんなだった。
今年は慰霊碑に震災犠牲者でない方の名前が初めて加えられた。
設立以来毎朝、慰霊碑周辺の清掃を続けて来られた方だそうだ…
ご病気で亡くなられたそうですが、今なお奥様が引き継いでおられる。
本当に素晴らしいと思う。
功名心なんてそこには決して無いだろうし、そのご夫婦に気付いた方も、そして慰霊碑に名前を加えたことも、全ての事象が素晴らしいと思う。
そこに関わる方々皆の愛を感じる。
いつも思うが、考えを行動に恐れる事無く興せる人を100%尊敬する。
自分は、例えそれが間違った行動であったとしても尊敬する。
アクションは偉大だ。
自分もそう在りたいと思いつつ、今日も引きこもる。
震災の翌日、三宮で歩く自分に声をかけ、カップヌードルを進めてくれたおじさん…
今の僕をどう思うかなぁ。
あの日の僕は、今の自分を見たらどう思うだろうか…
無くなった方々の無念を背負えてるだろうか…
さっき、久し振りに大きな地震が偶然あった。
最大震度は自分の地域、震度3だった。
軽い荷物が数点、棚から落ちて来た。
予震もある揺れは、震災以来の気がする。
寝てたが目が覚めた。
ちょっと恐い。
Shock復活へ
長くタンスにしまっていたG-Shockを修理しようと出してきた。
10年以上前?に購入したアナログのイルカ・クジラ会議モデルだ。
何かの記念に自分への褒美として購入したはずだが…理由も忘れた。
きれいなスケルトンも数年もたず紫外線焼けし、見事に黄ばんでしまった。だから使わなく成ったのだ。
東急ハンズで、プラスチックを染める液を買い、好きな青色に、分解して染めた。
ポットで沸かした湯と染め液を20対1で混ぜ、パーツ全てを一気に染めた。
3分ほどですぐ写真のような色合いに成った。
もう少し淡い色も良いと思ったが、変色した黄ばみが邪魔をして美しく無かったので濃く成った。
ここまできたらもっと濃くしたら良かったかなぁ?
ムラに注意と説明書に書いてあったけど、簡単に綺麗に染まった。
薄い段階でもムラは無かった様に思う。
ネットで調べた時には、布用の低温でも染まる染め剤を使っている方がおられハンズでも迷ったが値段は多少上がったものの結果的にはオーライだった気がする。
ちなみにそちらは500円だった。
さあ後は電池交換だ!
スクリューバックオープナーも探せば百均で売ってるそうだ。
400円で…
ハンズでは見つけられなかった。
日が昇ったら探しに行こう!
そして、今日は別れた彼女の生誕1万日目にあたる。
おめでとう!
これからの未来、より多くのしあわせとめぐり会えますように!
祈っています。
自分も誰かしあわせにしないとなぁ…
スクーリング
8、9日と岡山に学外スクーリングを受講しに行ってきた。
学外スクーリングは初受講だったので、緊張して寝不足のまま出かけた。
一般教養科目だったので多数の受講者がいると思っていたが、なんと自分を入れて11名しかいなかった。
しかも、希望していた講義は人数不足で閉講で、振替えての講義だったのだが…
さらに講師も都合で予定の講師では無かった。
もう何が何だか…
講義はディスカッション形式で、めちゃくちゃ緊張して終わる頃には、身も心もくたくただった。
胃がキリキリ痛むので薬を飲んでいた。
講師も急きょ呼ばれて勝手が分からない様で、講義中しきりに恐縮されていた。
でも、内容はとても分かりやすく一生懸命準備してこられた熱意が伝わるものだった。
大変充実した内容だった。
学外スクーリング経験者に聞くと、人数は地方ではこんなものなのだそうで、受講者4人の時もあったそうだ。
授業形態としては素晴らしいが、弱ってる自分には酷だった。
やっぱり本学が良いなぁ。


