経営
某人気球団を引退し、飲食店をしている店が最寄り駅にある。
数年はもつ鍋をしていたが、開店当初の興味も、隣接するスーパーで店の制服のまま具材補充してる姿を度々見るうちに無くなっていた。
只でさえ元選手だけあって大柄なのに、大抵店前で携帯電話や立ち話をしているので取り組みへの姿勢が透けて見える。
店の制服を着たまま、周りの目を気にしない姿はユニフォームを着用するチームスポーツを続けてきた人物として敬意が湧かない。
先日、ついに店が居酒屋風食べ放題に変わった。店主は同じ元選手である。要は改装開店だ。
今度は元いた某人気球団を全面に押し出し、制服の背中にはその球団のマークがついていた。
許可はとっているのだろうか?
しかし態度は変わらない。
この前は店舗入口の直前で知人であろう男女3人で大声で話し込んでいた。別の日は携帯電話を店舗前をうろうろしながら同じく大声で話していた。
正直、どうでも良いのだが前出のスーパーを利用する自分は前を通るので目につくのだ。
また、震災被害の大きかったこの辺りは今は立派なマンションビルに成り、1、2階が商業スペースに成っているが、直後から暫くはプレハブ店舗で頑張っていた。
だから長年の店舗が割りとある。
新店舗も増えたが、店主が制服のまま店前をうろうろしている店は無い。
社用車、特に社名を書いてあるものの運転や乗車している社員の姿勢ですら気になる自分は、
もし、何かを任される立場に成った場合、是非とも気を付けたいと反面教師として見つめている。
自分がその店を利用する事は無いだろう。
何時まで店は続くだろうか?
1年位かなあ?
失礼。
世の中
隣人を愛せよ。
かの教祖はいった。
無宗教の自分は特に感嘆するでもないが、納得する。
隣人との違いを認めよ。
自分のコトバに直せばこんな感じかな?
うつ病から引きこもり、仕事していた時より情報を手に入れやすい。病状から辛くなる事も多いが気付きもしなかった事にハッとする事が多い。
いかに社会に流れる情報が上っ面か良く分かる。
かといってネット情報は詳しいものの情報の正誤判断が難しい。
今、大津のいじめ事件が大きな話題に成っている。
原因は被害者に対する刑事・行政の心無い対応と、加害者親族がそれらに関係する有力者であった事にあるようだ。
いじめ事件そのものは9ヶ月前にも遡り、被害者ご両親は3度も警察に被害届を提出したもののいづれも受理はされなかった。
しかし世論の高まりから先日漸く調査に乗り出した。
教育における教育委員会、原発における保安員・安全委員会…結局現場の上層機関化してる管理機関はほとんどが機能してない気がする。馴れ合いになってないか?
そして部外を遠ざける。
利権等と言われるが、要は身内は身内、他者は他者として無視し利益は身内で独占したがる。それどころか他者を非難したがる。
それを第三者的に客観視するものがいない。
町内会自体機能してるところは少ない。
地方の田舎ではまだ地域の結び付きは強いが新参者への風当たりは厳しい。
身内というコミュニティはある共通の利益によって結びつき、それを揺るがすものを排除非難して守ろうとする。
縄張りを重視する魚のようだ。
いじめ事件は気が付けば、加害者家族を世間がいじめる構図に成っている。
被害者ご家族はどんな気分なんだろう?
なぜ人は自分と違うものをそのまま受け止められないのだろうか?
それを客観的に教育するものは無いのだろうか?
それが宗教か?でも宗教同士のいがみ合いは歴史的に繰り返されてきた。
せめて、弱いものを叩くのではなく、強きを叩こうぜ!
追いかけてくる者にびびるな、負けないように走れ!
そんな自分に成りたい。
余力がないと認められないよ。
他人をね…。
白人、黒人、黄色人種はどうして手を繋ぐように成ったのだろう?
あと、パンダの赤ちゃんの死はそんなに大切な事か?
軽んじる訳じゃ無く、みな平等な命でしょ?パンダが特別じゃない。


