㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
その後来た世子の教育係の打診は、打診という名の命令だったから断りようもなかったが、その時にはユニは既にジェシンに受けるように勧めていた。
「イ・ソンジュンのように左議政として政務に忙しければ除外されたでしょうけれど、旦那様は時間があると判断されたのよ。」
と申し訳なさそうに、だが、半分は面白がって笑っていたユニ。ようやくここまで来た、と実際漢詩の講師だという依頼の内容にたいして、幼い子供にどうやって詩の美しさや面白さを伝えればいいんだ、という事をユニと相談していたところ、思いがけなく今まで縁のなかった者たちと関わることになった。
それが、ユニの気分転換にもなるかと思って席につかせたが、違う意味で大当たりだったことは予想外だった。
以外にも、ユンシクは人に知られていた。図画署の署長が語った官吏としてのユンシクの思い出は、ユニを大いに慰めた。弟は王宮で必要とされ、わざわざ仕事に呼ばれるほどの人間だった、という事がユニをほっとさせた。
署長を連れてきたキム・ウジョンという礼曹の若い官吏が、成均館の時の同窓生、キム・ウタクの親戚だったというのも親しみを覚えさせたのだ。ウタクにまで話を通してムン家を訪ねてきたそのくそまじめさと、彼の口から聞いたウタクの近況、それらがジェシンだけでなくユニにもあの若い日を思い出させた。
楽しかったことばかりではない。ユニにとっては緊張と苦労、当初はあざけりにも耐える苦しい日々だったに違いない。けれどそこには確実にユニの足跡があり、そのそばに自分やイ・ソンジュン、ヨンハが一緒に立っていることが再確認できた。俺たちは仲間だった。今もだが、あの頃は本当に仲間だった。男も女も関係なく、成均館儒生として、俺たちは対等だった。
今は人から、ムン家の奥方としか呼ばれる事のないユニ。けれど、女人であるユニにとって、皆と対等に横並びで立っていたあの頃が心の支えであることは明白だ。そしてユニが望んだのは、ユンシクが同じであってほしいという事だ。ユニはユンシクの死後、その願いが叶ったかどうかで揺らいだのだ。ユンシクは対等でいられたか、彼の与えられた仕事に見合った生き方が出来たのか。
仲間のジェシン達でなく、実際に一緒に仕事をした他人の言葉がユニにまっすぐに届いたのは、悔しいが仕方がない。ユニは、ジェシン達が自分たち姉弟に甘いことを知っている。だから、利害関係のない図画署の署長の言葉が素直に響いたのだ。ああ、ユンシクは望まれていた。それを実感できたのだ。
身だしなみを整えて王宮に行く日、ユニはジェシンの前を後ろを確認し、髪の一筋も乱れないように手ずから髷を結った。その姿は、もう弟の死を嘆き悲しむだけの哀れな姉の姿ではなかった。
しおれてしまうかと本当は心配した。しおれても、枯れても、ジェシンは自分の妻を愛する自信はある。けれど、ユニは枯れてはならなかった。
成均館の華と呼ばれた美しい儒生キム・ユンシク。彼がキム・ユニという女人であったことを知っているのは数名、いる。皆驚き、そのことを嫌悪し、排除しようとした人もいた。だが、美しくはかなげな容姿に見合わない、激しい学問への情熱と、家を再興することへの使命感に、皆その口をつぐんで見守り、果ては入れ替わりにまで手を貸してくれた。ジェシンの妻となる時、誰も何も言いはしなかった。だが、視線が訴えてきた。
その花を枯らすな。一生咲き誇る枯れぬ花にせよ。それが、成均館の極秘の宝であり華を娶る者の使命だ、と。
その花が枯れないための方法は何か、ジェシンだって考えたのだ。ただ愛するだけでは足りない。愛するだけなら他の者でもできる。キム・ユニという美しいこの国の女人を輝かせるのは何か。それは目をつぶればわかることだ。ジェシンはユニと共に成均館で過ごしたときがあるのだから。
ユニという花に必要なものは、仕事であり使命であり、そして愛され守られることであり、愛し守る事。
すべてユニが成均館でジェシンに見せてくれたものなのだから。