㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「それで・・・テムルは愛し守るものをなくしたことが一番堪えたということか?」
酒を飲みながらヨンハが聞いてくる。妓楼ではないが少々高尚な料亭で、ジェシンはヨンハとソンジュンと酒を酌み交わしていた。ジェシンが王宮に復職することが正式に決まり、元の兵曹判書という地位に収まることになったからだ。決まってから知ったが、今、判書の地位は空いている状態だったらしい。ソンジュンが手を回して、副官たちで兵曹の任に当たらせていたのだ。いずれ近いうちにムン大監は戻ってくる、と。外的刺激が強くなっている時代に必要な方だから、と言って譲らない状態で置いておいたという事らしい。
国を守るため、という話から一転、ジェシンは最近考えていた、自分が一旦王宮を去るきっかけとなったユンシクの死によるユニの気落ちについて親友たちに話をしてみた。ユニには使命が必要なのだと。その中に、弟、ユンシクを育て、愛し、見守るという事がかなり大きく占めていたのではないか、と。だからこそ胸にぽっかりと穴が開いてしまったような喪失感と、喪失感がもたらす良くない想像がユニを蝕んだのではないか、と。
「確かに、テムルはユンシク君を育てたと言っても過言ではないですからね。」
「自ら身代わりになるぐらいにな、ユンシク君を世に出すために身を挺したわけだから・・・。」
ソンジュンとヨンハも同調はした。それでも、皆どこかで分かっているのだ。そのユンシクへの愛情と献身の裏側に、自分が若き日のユンシクが本来享受すべき学問への耽溺や仲間との深い交流を貰ってしまったとユニが思っていることを。それはユニにとっては大事な思い出であり、そして皆にとっても大切な宝のような日々だった。それでも、ユニにとっては、弟ユンシクの代わりに、という気持ちが離れないのだろう。
「俺たちは・・・テムルが成均館のキム・ユンシクで良かった、と思っているんですが・・・そうじゃないですか?」
「そうだよ!でもさあ・・・。」
理由は言えないな、とヨンハは笑って酒を舐めた。
あの日々は、キム・ユンシクが女人だったからこそ存在する日々だったのだ。彼女が抱え込む秘密を、傍で葛藤しながら、それでもその姿に性差を超えた敬意と賞賛と、そしてその姿を守ろうとする自分の気持ちの芽生えを促してくれた、大切な人。自分たちの人としての成長はあの時にあった。体は勝手に大人になったし、学問自体はそれなりにできる頭を持っていた。だが、三人共あの時は心が幼かった。世間知はあっても、真剣に誰かのことを考え、その背景を考え、その姿を通して国を見ることを教えてくれたのは、成均館儒生、キム・ユンシクだった。テムルを通して、三人は大人の男になったのだ。ただそこに、女人である彼女を、その人となりを超えて恋をすることになっただけ。それだけだ。
「テムルは・・・美しいな。あの頃も、そして、今も。」
ヨンハが感に堪えないように呟く。
「いつ会っても、前に会った時より美しいと思いますね。」
そうソンジュンも返した。
ジェシンは答えない。
「若い日のテムルは・・・固い花のつぼみのようで、生気と清廉さに溢れた美しさだった。花嫁になった日は・・・これ以上の姿を見ることはないと思ったものだよ。」
ヨンハはうっとりと思い出すように口にした。ソンジュンもかつてのユニの姿を思い浮かべるように、瞳を緩ませている。
「清にいた時を覚えているか、お前たち?かわいらしかったな!娘姿のテムルを・・・娘時代をあげる事が出来て、良かったよな・・・。」
清に留学したとき、ジェシンは新婚の花嫁としてユニを同伴した。異例のことだったが、自費で行くのだから誰にも文句は言わせなかった。清にいる間に、ユニとユンシクは完璧に入れ替わりを果たしたのだ。一年の留学は大きかった。ユニが周りに与えていた可憐な幼い官吏の姿を、一年で成長したすっきりした青年の姿に自然な形で変えることができたのだ。誰にも疑問を抱かせなかった。そして、知り人のいない清で、ユニは人の妻になったのにも関わらず、皆に勧められてできなかった娘姿で過ごした。髪もテンギで結わえ、胸高な優し色のチマを纏い、ジェシン達の世話をして過ごした。
可愛い、可愛い、可憐な姿を見せてくれていたのだ。