㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
明日が打杖大会という日。この日は部外者は入れない・・・それこそ国の法を盾に捕り方が取り囲んだとしても、儒生の自治の優先の主張を認められている成均館に、部外者どころか禁制の女人まで招待していいのだ。建前は身内の招待だが、身内どころか妓生たちまで大挙して観覧に来る。前年は王様が来られたものだから、それに追随して大監達も何人もやってきて大変だった。暇なのか、と悪態をついたのはジェシンだったか。その後は西斎の反則だらけの戦略にけが人が続出し、ソンジュンは狙われたユニの代わりに頭を殴打されたのでそれどころではなくなったが。
とにかく、家族を呼んでいるものは結構いる。成均館の儒生だという事は家門の誇りであり、自分の家の子息が国の最高学府に居ることを実感したいのと、単にその学び舎を見てみたいのだ。かつて自分もいたかもしれない父親と違い、母親はこの場に行くことさえ考えられないのだ。それでもあまりに遠方のものは来ることはできないから、大体都近辺に居を構える両班の夫人に限られる。
「テムルは母上と姉上をご招待しないのか?」
同年に入学した友人たちに聞かれて困っているユニを、ソンジュンはさりげなく助け出した。
「キム・ユンシクの実家は結構・・・距離があったね確か。」
そういうと、ユニは助かった、という顔で頷いた。
「そうだろうか。確か二刻ほどかかるんだったか・・・どこかご親戚の家にでも一晩厄介になればいいんじゃないか?」
などという儒生がいるので、ユニはフルフルと首を振った。
「気軽に頼れる親戚っていないんだよ。それに、僕の足で二刻だよ。足弱の母上を伴っては姉上にも遠い距離だよ・・・。」
ソンジュンは隣で聞いていて胸が痛んだ。その距離を彼女は帰宅日に必ず帰っていき、そして次の日に戻ってくるのだ。家に向かう時は、講義の本と洗濯もの、薬房で貰った体を強壮にする薬種とヨンハがくれる大事にとっておいた夜食の菓子を背負い、筆写で稼いだ金を懐に、二刻の距離を歩いていく。成均館では儒生服に黒い靴を履いているが、実家に戻る時は、おそらく父親の服を仕立て直しただろう古い生地なのが分かる道袍と足には藁草履。長い時間履いて歩いて靴を傷めたくないのだ。そうやって切り詰めて、自分のためには何も使わずに、彼女は実家に雛のためにエサを運ぶ親鳥のように、戻っていく。実家で与えるのは、筆写で稼いだ金と、菓子、薬だけではない。講義で得た知識を余さず弟に伝え、書いたものを残し、そして身に起こったことを話して聞かせるのだろう。
この一年あまり、繰り返し行われてきたその行為。親戚云々を聞いていると、矢張り彼女は一人で外の世界と戦っているのだと実感してしまう。俺は何がしてあげられただろうか、と己のこの一年あまりも振り返って、何もしてやれないことに気づいてしまう。
ユニにそう言えば、強く否定するだろう。ユニにとって、ソンジュンの存在はこの男だらけの社会で認められていると己に信じ込ませることのできる証なのだ。イ・ソンジュンという今この国で最も優秀だろうと言われるほどの青年の友人であること、それがキム・ユンシクという存在がそこに居ていいのだと許されている気がする。キム・ユンシクが本物ではないにしてもだ。虎の威を借る狐とは大げさかもしれないが、それでもソンジュンが認めた儒生だという事が、周囲にも一種の信用を与えたのは間違いないとユニは思っている。
「君たちのご家族は来るのかい?」
ソンジュンはユニから話をそらせるために、儒生たちに聞いてみた。二人は頷いたが、二人は横に首を振った。ほら、みんな来るわけじゃないんだよ、とソンジュンが言ってやるとユニはそうだね、と安心して頷いた。僕だけが家族を呼べないわけじゃないんだ、と。
うちは遠すぎる、我が家は今妹の縁談が調ってその準備で忙しいから、とそれぞれ理由がある。いつもいつも、自分の家だけが世間と一緒に動けないわけじゃないんだ、そうはっきりと分かって安心する。それぞれの家にそれぞれの事情があり、同じ行動が取れなくても当たり前なのだと。ソンジュンの口出しに、ユニは胸がほっと温かくなった。
「明日、がんばろうね。僕、多分綱引きだけだけど!」
と明るく言うユニに、皆肩をたたき合って笑ってくれた。