ノワール その81 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 『本日は本当に休診』

 

 という正面入り口の張り紙に、ジェシンとヨンハは声を揃えて笑った。こうでもしないと休診の札など関係なく患者が入ってきてしまい、そして診察してしまう医院だ。ひとしきり笑って、そして裏口に回った。裏口に回る前、建物の角から見渡したスラムへの道は少しずつ土地建物の買収が行われているらしく、解体が進んでいて見通しが良くなっていた。この辺りは元から普通の民家が多かったところだ。住宅地となるだろう、そう医師から聞かされている。

 

 ジェシンにとってはもはや入り慣れた裏口を開けると、ぎい、ぎい、と音が鳴った。

 

 「油差さないとなあ。」

 

 と明るく笑っているのは大けが親父だ。ほとんどこの医院の下男と化している(だが給金は全くない)親父は、故郷で何でもこなしてきたというだけあって、ちょっとした修繕を簡単にしてしまう。怪我を直してくれた恩がある、と言いながらも、恩以上の働きなんだよねえ、とは医師の言葉だ。親父からすれば、出稼ぎの宿泊部屋では味わえない、温かな家族の交わりがここにはあるのだそうだ。実子と年の近いユニやジェシン達が出入りしているのも楽しいらしい。医師夫妻もざっくばらんに付き合ってくれるので、尊敬できる友人と言った格付けに収まったようだ。

 

 「卒業おめでとうだなあ。俺なんか初等部しか出てないから、読み書きがやっとなんだぞぅ。ここの先生も、あんたたちもすごいなあ。」

 

 あっけらかんと言いながら、親父は診察室の扉を開いてくれた。

 

 

 奥さんが腕を振るいユニが手伝った家庭料理に、ヨンハがご招待のお礼にと前もってレストランから普段作らないようなピザやら揚げ鶏などを運ばせていたため、おそらく自宅からも運び込んだ机の上は皿で埋まっていた。ソンジュンとユンシクが椅子を並べていて、椅子の揃っていない様子がまたおかしい。先生が仕事用の椅子に座って笑い転げており、ユニはもう一つお皿を置きたいとばかりに机の上の皿を並べ替えている。

 

 ユニの耳の後ろに、あのヘアピンが飾られていた。

 

 ユニにとって、全く忘れることはできない事件だったはずだ。現在も余罪を追及されているハ・インスの父親だが、既に司法の手にあるから直接ユニが何を見るわけでもないし、前の家の隣人夫妻もその娘も、ソウルを離れたと聞いた。ユニの母親に挨拶に来たのだという。勤め先までわざわざ。ユニに合わせる顔がないと頭を下げたのだそうだ。ユニが借金取りに来ていたチンピラたちに襲われたと聞かされたのだという。そんな風にユニの周りからあの事件のかけらはひとつづつ減っていった。住まいも変えて。それでも思い出すこともあるだろう。

 

 インスからの詫びだというヘアピンは、それでも一つの区切りになればいいと思った。事件を起こした側にも、彼らのやっていることに疑問を感じていたものがいたのだと。インスは学生で、家業には関わっていなかったとはいえ、様々な容疑がかけられている人の息子だ。その息子が自分の父親の罪を認めているという事が意味がある。インスが謝罪する必要はなくてもだ。

 

 

 卒業と進学の祝いの会は和やかに行われた。おいしい料理と遠慮のない温かな集まり。家族とは少し違う、それでも相手を思いやることのできる関係を、ここに居る人たちは教えてくれた。ジェシンにはすべてが虚しくなった兄をなくし、疎開先での孤独を感じる日々に亡くしかけた人への温かな気持ちを、ここに居る人たちは皆教えてくれたのだ。自然に、関わっていく中で。

 

 大けが親父だって、ジェシンに何をしたわけでもない。だが、彼が医師に感謝をし、感謝を行動で表し、そしてそれが心からのものであるとジェシンに見せてくれたことは大きい。

 

 そしてユニ。

 

 ジェシンはユニと出会って、誰かに手を伸ばしてしまうという感情を知った。家族の中では手を伸ばされる立場だったジェシン。両親に兄に。知らなかった、こちらから手を伸ばし、助け、お互いを支え合うことを、ユニに出会うことでジェシンは知った。

 

 ああ、君のそばにいたい。

 

 心が痛いほど、そう思った。

 

 

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