ノワール その56 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 休日の前日は、学校は午前中で終わりになる。皆お腹を空かせ、それでも解放感に溢れて校門を次々と出ていく。ジェシンは腹も減っていたが、ヨンハに誘われて、彼の英語の個人レッスンを体験してみることにしていた。授業に外国語はまだ導入されていなかったが時間の問題だと新聞にも書いてあったし、ヨンハは父が会社を大きくするうえで国際化に遅れてはならないと腹をくくって英語を学んでいる気配があったから、いつものヨンハとは違うその真剣さに当てられたと言っても過言ではなかった。ジェシン自身は、どの教科もまんべんなくできるから学年一位ではあるのだが、好んでいるのは文学なので、語学には興味を持てていた。ジョンの店でヨンハに付き合って、多少アメリカ軍の兵士たちとの交流があったのも影響はしているだろう。

 

 ジェシンの参加で、その日の個人レッスンは簡単な会話形式に終始した。少しはいわゆる野良で英語に触れる機会はあったとはいえ、ヨンハの半分も付いてはいけなかった。それでも相手を理解しようとする姿勢で会話に集中するのは案外楽しかった。

 

 韓国語も堪能な若いアメリカ人の青年は、会話だけではダメですよ、とヨンハにもジェシンにも言った。勉強するにも、仕事で使うにも、文章を読み理解する力と、文章を作る力がなければならない。会話は赤ん坊が言葉を覚えるように毎日聞いていればできることも多いが、読解力と作文力は勉強しなければならないものだ、と。そして正式な場で英語を操らねばならない時、文章を作る力があることは言葉をたくさん知っていることと同等だから、きちんとしたスピーチであり会話ができる。辞書を傍らに本を読みなさい、と。

 

 「先生、いつもそう言うよね。俺、英語ばかりの本を読む勇気がなかなか出ないんだよ~。」

 

 「先生、初心者にはどんな本がいいんでしょうか?」

 

 ヨンハとジェシンは同時にそう質問した。家庭教師の青年は苦笑し、ヨンハ君からその言葉を聞きたかったよ、と短めの小説をいくつか紹介してくれた。

 

 

 

 「家まで送るよ。」

 

 とケーキと紅茶を貰った後帰ろうとするジェシンにヨンハは言ってくれたが、寄るところがあるから、とジェシンはさっさとク邸を後にした。ヨンハの家からジェシンの家に帰る途中、少し道を逸れるとジョンの店があり、そこからまっすぐ行くと医院がある。今日、なんとなくそちらに足が向いた。

 

 あの窃盗事件の時、けが人のカルテが目に入ってしまった事があった。見ても見せてもいけないものではあるが、けが人の始末をするので皆大騒ぎだったから、医師も皆がいる中カルテに何やら書きなぐっていた。怪我の状態や治療法、使った薬剤などを書いているのだろうとは分かっていたが、つい見てしまって首をかしげたのだ。ユニはこれをどうやって清書しているのだ、と。ぐちゃぐちゃの線にしか見えない文字が躍っている。よく見るとアルファベットのようだった。途切れることなくつながっている線のように見えるのは、そういう字体なのだろう、ぐらいまでしかわからなかったが、すらすらと外国語を操っている人を、ジェシンは初めて見たと言っていい。どうやって勉強したのか、何語なのか、今日英語を勉強してみて改めて興味が沸いた。

 

 ジョンの店を横目に、本格的に地ならしが始まっている病院の建設現場も横目にしながら医院に向かった。医院が休みなく扉を開いているのは明白だったから、門前払いされる心配はなかったが、忙しければ話を聞けない恐れはあった。それでも勢いのまま、つい足が向いた。

 

 それに、ユニがいたら。働くのは休日だけと約束をしているが、もし違う用事で立ち寄っていたら、英語の勉強をしてみようと思う、と言ってみよう、なんて思った。明日、休日には必ず会うのに。けれどここ数日、イ・ソンジュンが毎日ユニとユンシクを守って家に送り届け、一緒の時間を過ごしていると思うと心が騒いだ。彼らのために仕方がない事だし、ソンジュンが一緒だと安心なのも了解していて、それでも嫌だった。ソンジュンがユンシクの親友だと分かっていても嫌だった。少しでもユニの心の中に一番面積を占める男でありたい。そう思った。最初にユニを助けたのが大きな事柄であったとしても、小さな、毎日一緒に帰るだけという行為が降り積もったらいつか抜かれる、そう思った。

 

 病院のすすけた建物が見えた。表と裏、どちらから入ろうか、と考えて、ジェシンは裏手に向かった。と言っても建物の角を一つ曲がるだけだ。

 

 その瞬間、背筋がぞわりとした。髪が逆立った気がした。ゆっくり振り向く。

 

 スラムに入っていく路地に、ちらりとおさげ髪の先が見えた気がして、ジェシンはカバンを裏口に放り投げ、路地に向かって走り出した。

 

 

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