ノワール その27 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「ふう、ご苦労さん。助かったよ。」

 

 口調は朗らかだが、医師は疲れ切った顔で笑った。けが人は眠り始めていて、元の仕事で汚れていた手足や顔、そしてその上からの血の汚れを看護師である医師の妻が拭いていた。傷は、応急処置で収めた後、下半身の麻酔がすっかり効いてからもう一度丁寧に診察して治療された。太めの血管が一本傷ついていたが、あの噴き出す血にも負けず縫い合わせたので何とかふさがったらしい。傷の中に残る出血を注射で吸い出し、もう一度丁寧に皮膚を縫い直すのを、ジェシンは血まみれの顔で見ていたのだ。もう少しだけ押さえといて、とお願いされたので、足首の当たりを軽く腕で抑え込んでいたのだ。

 

 ユニが泣き顔でジェシンの足元の当たりを片付けている。邪魔になるか、と少し体をひくと、けが人の服だったものを拾い上げていると気づいた。そう言えば、ジェシンが抑え込んだ時、すでにけが人は素足だった。

 

 作業ズボンはズタズタに割かれている。刃物を軽々しく抜けないから切り裂いたのだろう白っぽい半端な長さの布は半分黒茶に変色しているが、多分下着で、変色は血のせいだろう。という事は、とジェシンは今更ながらに恐る恐るけが人を見た。腹回りには軽くシーツがかぶせられていて、血と泥で汚れた着衣を見た後にはあまりにも白かった。案じていた男の肝心な部分はちゃんと隠されていて、ジェシンはほっとしながら視線をうろうろさせてしまった。

 

 「いやいや。ムン君。ありがとう。本当に助かった。ユニちゃん、ユニちゃん。血で汚れたのはあまり触っちゃだめだ。だからほら、それは隅に寄せといて、ムン君に水を使わせてやって。水だよ、まず。お湯じゃ血は取れにくい。」

 

 ユニはジェシンの顔を見上げて、怯えた表情を浮かべた。そして慌ててジェシンを入ってきた裏口のある台所のような部屋に連れて行った。

 

 小さな壁掛け鏡に映る自分を見て、ユニの表情にも納得した。血が頬をべっとりと汚し、あちこちにしぶきも飛び散っている。改めてみると、手が一番きれいだった。抑え込んで体の下敷きにしていたせいかもしれない。この分では髪にもこびりついてるだろう。

 

 「コロ先輩もどこか怪我したんじゃ・・・。」

 

 ユニの怯えはそこだったらしい。ジェシンは笑った。ちょっとばかりうれしかった。心配してくれたんだと。

 

 「手はしびれてるけどよ、怪我はしてねえ。あの男、来た時から暴れてたのか?」

 

 「いいえ。来られたときは我慢して体を丸めておられたけど・・・。工事の車で運ばれてきて、何人かで担ぎこんで診察台に載せて・・・付き添いの人があの人ひとりになった後、先生と奥さんが靴下を脱がせたあたりから痛い痛いって・・・。」

 

 「痛くねえわけないな、ありゃ。」

 

 「安心したんだな、って付き添いの人が慰めてたんだけど、一応先生が麻酔の駐車を腰に打った辺りから唸りだしたの。腰に打つ注射、痛いんですって・・・あんな太い注射、初めて見た・・・。」

 

 ジェシンはタンクからユニが洗面器に入れてくれる水でとにかく顔を洗った。髪は仕方がねえ、家で、と思い、ついでに入れ替えてもらった水で首筋も腕も洗った。一回目の洗面器の水は真っ赤に染まり、あの患者の出血量の多さを思った。

 

 二人でそっと診察室を覗くと、まだけが人の治療は続いていた。注射を打った医師は、その後足側に回り、丁寧にすねから足首あたりを触っている。心配そうにしているが、疲労困憊して座り込む付き添いの男が、先生、と情けない声を上げると、うんうん、と言いながら診察を終え、丁寧にシーツを体全体にかけてから座った。

 

 「大丈夫。何とか血は巡ってたみたいだね。まあ、止血はあれぐらいしないと意味はないんだけど、きつければきついほど取るときに難しいことになるからねえ。しかし、あの手当は誰がしたのかい、軍隊あがりだろう。」

 

 「先生、分かりますか。この間まで兵隊してたやつがいるんですよ。衛生兵だったって言ってましたかね。」

 

 「衛生兵なら止血はよく知ってるなあ。まあ、そのおかげで失血で死ぬことにならなかったんだけど。」

 

 「刺さった刃物は抜いちゃだめだってのは現場の人間なら知ってるんです。近くの奴が使ってた鶴嘴が石に当たって折れて・・・飛んできたんですよ。災難です災難。かわいそうに・・・。」

 

 その時、奥さんが戻ってきて医師に耳打ちした。難しい顔をした医師は少し考え、そして電話をしてくる、と席を立った。奥に入っていく医師を見送って、奥さんは付き添いの男と、そしてユニとジェシンを呼んだ。

 

 「お疲れ様。お茶でも飲んで落ち着いて。」

 

 

 

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