ノワール その28 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 熱い茶を貰って一息ついてる間、医師の奥さんは忙しそうに受付あたりで残っている患者の相手をし、薬など手当てがはっきりしている人にはいくつか渡して帰らせていた。ふと外を見ると、もう日暮れだった。流石に休診日だから早めに閉めてしまうのだろうし、どちらにしろこのけが人は動かせないだろう。

 

 不安だったのは付き添いの作業員も同じだったようで、こいつはどうなりますか、と心細そうに聞いてきた。詳しく聞くと、同郷の男なのだそうで、一緒に工事関係者の寝泊まりする掘立小屋に住み込んで、ソウルのあちこちで行われている復興や再開発の建築現場に派遣されているらしい。ここ最近は、ヨンハ曰くの大病院を建設する予定地の整地に駆り出されていたという。

 

 「容体が落ち着いたら調べ直すけどね、骨とかが折れてなかったら傷の具合によるね。化膿しなければいいけれど。」

 

 そう言いながら現れた医師は、こきこきと首を鳴らした。

 

 「ペニシリンは多少在庫があったからさっき打っといた。麻酔はちょっときつめにしたから夜中には暴れるかな・・・。どちらにしろ、今夜はここに泊りだよ。でも、うちは入院はできない小さな病院だよ。一日二日は良いけれど、そのあと、当てはあるのかね?」

 

 そう聞かれても困るのだろう、小屋に連れて帰るしかねえです、と付き添いは小さな声で言った。

 

 「骨さえ折れてなければ傷に触りのない程度には動けるようになるはずだけど。一度雇い主と相談してきてくれないかな。」

 

 それからムン君、と医師はジェシンの方を向いた。

 

 「ちょっと相談があるんだけど。」

 

 

 ジェシンは医師の話を聞いた後、電話を借りた。へえ、家に電話があるのかい、と医師が驚いたので、父親の仕事の都合上、と答えて、母に、と受話器を持った後、交換手に自宅でない番号を伝えた。

 

 「どうした。仕事場だぞ。」

 

 出たのは父だった。母にはうまく説明できないかもしれないし、何かあったときに父の名が出てしまうかもしれないという危機感はあった。

 

 医師が頼んだのは、薬局からの薬の受け取りだった。特に麻酔剤は、漢方と現代薬どちらにしろ、一度にたくさんは売ってくれないのだという。薬が不足しているのに加えて、麻酔、痛み止めに類するものは売る側も規制されているという。

 

 麻酔の原材料になるものは、特にアヘン、ケシ。朝鮮朝顔やダツラなど古くからある植物以外に、今はリドカインなどの物質を化学的に抽出して薬剤としている。が、アヘン、モルヒネとなるケシは、医療用でないルートで世間にばらまかれているし、他のものはまず少ない。今はヒロポンと呼ばれるメンフェタミンを主原料とするものが麻酔から覚めるときの覚せい剤として使うが、これがまた世間では麻薬として使われていて正規の薬局では出し渋る。今回、必要なのはこのヒロポンなのだ。

 

 「・・・かなりきつい麻酔を使わざるを得なかったから、覚せい剤が必要になるかもしれない、という事だな。」

 

 「譫妄状態になって暴れたり、気分の悪さから体調を崩し嘔吐が続いて体力を消耗して状態が悪くなることなどがある・・・と先生が言っています。」

 

 ジェシンが頼まれたのは、ヒロポンの受け取りと一晩の番だった。けが人が暴れる可能性があるから抑え込む要因、プラス薬の護衛。

 

 「・・・どこからかバレるそうなんです。ヒロポンが・・・それも正規の良く効くものが出荷されたと。」

 

 静脈注射で体に流し込むと、即覚醒効果があるこの薬は、今や質の悪い製造のものまで垂れ流しに世間で流通している。ただ、正規のものは本当に良く効くのだ。混ぜ物なしだから。だから狙われる。打つために、売るために。夜の世界の、今や酒と同じ扱いのクスリ。辛いこの世を、この身を忘れ、その一時を楽しく元気に過ごすためのクスリなのだ。

 

 「医院の名をいえ。何かあったら・・・いや、有りそうならすぐに電話をかけろ。この番号だ。ただ、儂はお前の母にどういえばいいのだ。最近、お前が家に帰ってくると喜んでいたのに。」

 

 「・・・友人の家に泊まると・・・。」

 

 仕方がなく口にしたのは、勿論ヨンハの名だった。

 

 

 

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村