ノワール その14 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ジェシンはスラム街をもう一度通ってみた。この間はあの少女をなんとなく追って歩いただけだったし、人もそれなりに歩いていた。抜け道なのはわかる。大通りを迂回するよりは早い。

 

 学校帰りに医院の前に行き、暫く人の出入りを見ていたが、あの少女もユンシクというイ・ソンジュンの友人も見当たらないので、ぶらぶらとスラムの方へ向かった。通り抜けたとき、案外短い、とは思ったが、矢張りあんな中学生の女の子が歩く道じゃない、と自分もこの間まで中学生の少年だったことを棚に上げて思った。

 

 人もまだ行き交う時間だった。だが、前回よりもよく周りを見ながら歩いてみた。元から裕福なものの住まう場所ではなかったのだろう、長屋のような建物がひしめいている。ほとんどの建物の屋根は板葺きかトタンで、傾いてしまっているのもある。その軒下に足を投げ出して座る浮浪者の姿がちらほら。傾いた屋根の家に住んでいるのか、腰の曲がった老婆がどこからか汲んできたらしい瓶の水を重そうに抱えて入っていく。かすかに煙いのは、住人が煮炊きをするからだろう。煮炊きの匂いと練炭の煙の匂い、得体のしれない饐えた匂いが混ざって空気が重い。また一人男が座り込んだ。抱えていたのは毛布らしく、くるまって帽子を目深に下げて動かなくなる。

 

 スラムなど、繁華な通りから一本入ればあちこちにある。慣れてしまったのかもしれない、とジェシンは通り過ぎてから思った。だが、明るいうちでもあんまり通らない方がいいんじゃないか、と難しい顔をして大通りを引き返した。

 

 とにかく忠告してやらないと、とおせっかいにも思ったのはなぜか、自分にもわからない。わざわざ人に関わることなどしたことがない。だが、あの夜のことはどうしても心に引っかかり、襲った男たちがろくでもない奴らだったのもやはり引っかかった。叩きのめしはしたし、何ならジェシンのことを知っているのだから恨みは自分に向かうだろうとは思う。だが、あの少女は病院に定期的に出入りする。あの夜は少年のような恰好をしていた。弟のものかもしれない。女だから襲われたわけではないのは今のところ一つだけ安心材料だが、そんなもの、クスリを狙う奴らからしたら関係ない。わざわざ、襲ってくださいとでもいうような場所を通ることはないのだ。病院に通う必要があるならば、用心しなければ。日があるうちでも、あのスラムの道はやはりお勧めできない、とぐらい忠告してやらなければならないとジェシンは真剣に思っていた。

 

 確か働いていて遅くなったみたいなことを言っていた。それが臨時の仕事なら出入りは弟の病気の時だけかもしれないが・・・。とは思ったが、もしかしたら弟の方にでも会えるかもしれない、とジェシンは医院あたりをしばらくうろつくことにした。

 

 ジェシンの方がやはり高校という事で学校終わりが遅い。中学生の下校時間には普通にしていたら会えない。仕事なら学校がない休日かもしれない、そう思ったジェシンは、数日会えなかった学校帰りの日々を終えて、休日の医院の前にいた。

 

 休診、の札がかかっていて、ううん、と首をかしげたが、その札をものともせず、女性が子供を抱えて扉を開け、入っていった。それを見てまた首をかしげていると、すねに盛大に手ぬぐいのようなものを巻いた作業員の男が、同僚らしき男二人に担がれるようにして入っていく。休みじゃねえのか、とまた首を反対側にかしげていると、苦しそうに咳き込みながら老婆が一人入っていった。

 

 とにかく、医者先生は働いてるってことだな。

 

 ずっと見張っているわけにもいかないので、昼頃にジョンの店に上がり込んで一緒に昼飯を食べ、グダグダしてからまた医院の前に立ってみた。そろそろ夕方だ。そう思いながら壁にもたれている間にも、休診の札を揺らして人が出入りする。医者ってすげえな、と感心しながらぼうっとしていると、建物の横手から人影が出てきたのが見えた。

 

 あいつだ。

 

 あの夜と同じように、白シャツにズボン姿、すっぽりと帽子をかぶったそのシルエットに向かって、ジェシンは走った。

 

 

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