㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「おい!」
背中に向かって呼びかけたジェシンの声は一度無視された。
「おい!・・・キム・ユンシクの姉貴だろ?!」
一瞬考えて、ジェシンは叫び直した。明らかに背中が驚いたのが分かった。分かるほど肩がビクンと跳ね上がった。声が届いた、と思ったとたん、彼女が停まったので、ジェシンは大股で近づき肩を掴もうとした。そのとたん。
突き飛ばされたジェシンがよろけている間に、彼女は身を翻し、向きを変えた。
「おい!待てよ!」
追うジェシンの目の前には医院の玄関扉。休診中の札が勢いよく吹っ飛んでジェシンの顔面を襲う。それを必死に避けて体勢を整えれば。
仁王立ちのアジュマに睨みつけられていた。
「勘弁してくださいよ・・・。」
「だってユニちゃんが『助けてっ!』て飛び込んできたんだもの。助けなきゃって思うじゃないの。」
まるっきり悪びれない様子でおほほほ、と笑うアジュマは、何とこの医院の奥様なのだという。休診日だから看護婦としての格好はしていないけれど、いくら何でも、と真っ白のエプロンだけはしていた。だから余計に近所のアジュマのように見えたのだ、とはジェシンは言えない。
何だいあんたは?!いや、その女の子が危ない方に行こうとしてたから・・・。は?なんだって危ない方って何?!だから!大通りじゃなくって路地の方に入ろうとしてたから、あぶねえって・・・。どっち?あっちの道だよ!ちょっとユニちゃん!バス通りで帰らなきゃダメでしょ!
ざわついていた医院の中は、奥様の大声で内容を理解し、またにぎやかになった。乱暴狼藉の話じゃないと分かったからほっとしたのだろう。ユニと呼ばれた彼女が、手招きした奥様の陰からおずおずと顔を出すと、俺だ、とジェシンは呼びかけた。医院の三段ほどの階段からちょっと離れたところから。濡れ衣ははれたみたいだけれど、奥様が持っている何かの棒がちょっと怖い。
「ユニちゃん知っている人?」
「えっと・・・。」
「俺だ!コロ、って言ったらわかるか?!」
あ、と目を見開いた表情に、正直ほっとした。
中に招じ入れられて、待合室の婆さん三人と、頭に包帯を巻いている作業服姿の男と、診察が終わったのかお尻を押さえて泣いている幼児の母親に興味津々の視線を貰いながら、更に診察室という札がかかっている部屋に通された。さっきのガキかな、と思われる銀皿に載った注射器を横目で見てちょっとばかり寒気を覚えながら、勧められるまま丸椅子に座った。ユニは申し訳なさそうに奥様の隣に立ち、奥様と椅子にどっかと座る先生は笑っている。
「ユニちゃん、いくら何でも助けてくれた人のことは覚えとかなきゃ。」
人のよさそうな笑顔の医師は、お茶をお願いしていいかな、とユニに頼み、ユニは頷いてさらに奥の小部屋に向かった。奥様はガタガタと予備の丸椅子を二つ並べ、そのうちの一つに自分も座ってジェシンを見て来る。
「助けたって、いつの話かしら?」
「あ~・・・聞いてませんか。この間、あの・・・ユニさんですっけ、すごく帰りが遅い日、あったと思うんですが。」
ああ、という顔をした医者夫婦に、ジェシンはもっていたクスリの入った紙袋を強奪されそうになっていたユニを助けた話を簡単に告げた。途端に、二人が渋面を作る。
「こりゃ儂の失態だ。キムの奥さんに謝らないと・・・。」
「あの日は忙しかったから、私も気がつくのが遅くなったのよ。それにユニちゃんにカルテを探し出したり新しく作ってもらうの、助かったから・・・。」
二人でうんうん反省をしている様子に、こき使っているわけじゃないのか、と安心したジェシンだったが、お茶を運んできたユニは、事情を知られてしまったことが分かったらしく、気まずそうな顔をしている。
「ユニちゃん!危ない事があったのなら言ってくれないと!」
奥様に言われて、ユニは小さくなりながら二人とジェシンの前にお茶を配った。
「で、今日たまたまユニちゃんを見つけたのかな?」
と医師がジェシンににこにこと聴く。感謝したり反省したり、そして今は少し警戒中なのが分かる。忙しい人たちだ、と思いながらも、それがユニを心配してのことなのだろう、とジェシンは正直に告げることにした。
「いえ。見つけに来たんです。」