㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
それでも目の前の少女は足を止めることはなく、緩めた速度を元に戻して、急ぎ足で人の間を歩いていく。まっすぐにスラム化した一角を通り抜けると、最近整い始めた路線バスが通る大通りに出た。そこは、医院からジェシンが来た大通りに戻って歩いていけばいいのだが、かなりの大回りになる。スラムの路地から彼女が抜け出て、ジェシンは正直ほっとした。
俺が昨日助けたとき、男の格好のガキだったよな。
声は高かった気がする、と自分の記憶に首をひねりながら、ジェシンはそこで少女を追うのを辞めた。通りを渡ってくる二人組の中学生に気付いたからだ。
そのうちの一人とジェシンは顔見知りだったのだ。イ・ソンジュン。同じ中学校の二年後輩。だがお互いの存在は知っていた。というよりはお互いの父親の存在を知っていて、そこに年の近い息子がいるという知り合い方だ。中学で一緒になったのは一瞬。ジェシンはすぐに高校生になった。その前までお互いに家族でソウルから避難していたのだ、父親だけ置いて。
ソンジュンもジェシンを見つけて驚いた表情を見せた。一、二度挨拶をした程度の関りだが、どちらも成績優秀者同士、意識されていたらしい、とジェシンは意外に思った。
「・・・お久し振りです、ムン・ジェシン先輩。」
「おう。っていっても卒業以来だ。」
律義に軽く会釈したソンジュンの隣には、きょとんとした少年が一人。小柄で細いその少年がジェシンを見上げたとたん、ジェシンはその肩を思わず掴んでしまった。
「おい・・・お前・・・昨日の夜の・・・。」
すると少年は顔色をさっと変えた。ソンジュンも隣で焦ったようにジェシンの腕を掴んでくる。
「ムン先輩、何するんですか!」
「うるせえ。おい、お前昨日の夜、ここの道を通ったろ?!」
「彼は昨日まで病気で学校すら休んでいるんですよ、夜になんかで歩きませんって・・・ユンシク?」
あの、とジェシンとソンジュンの会話の間に声を上げたユンシクを、ソンジュンは慌てて覗き込んだ。
「・・・あの・・・!昨日の夜・・・姉を・・・助けてくださった方ですか?!」
ユンシクの姉ユニは、手首にくっきりとついた手の型を、「転びかけたときに掴んで助けてくれた人の手形だ」とユンシクに説明したらしいが、ユンシクは勿論納得はしていなかった。ユンシクが気づいて聞いたとき、びくりびくりと体が何度も震えていたし、瞳にも怯えのような色が走った気がしたからだ。だが、ユニはさっさと話を切り上げてしまった。早く寝るよう促され、母がいる朝はそんな話もできず、悶々としながら今に至るらしい。「助けてもらった」という言葉の、本当の「助けられた」理由が違うだろうとどうしても思ってしまったから。
「・・・というか君、お姉さんがいるんだね。」
「言ってなかった?今中学三年だよ。女子中学に行ってる。」
「そんな事よりお前・・・。」
「キム・ユンシクです。姉を助けてくださったんですね、ありがとうございます!」
「それはまあどうでもいいんだが、お前、姉さんをあんな時間に出歩かせるんじゃねえ。」
「あの・・・あんな時間って?」
「あ?お前、自分が夜の9時や10時、外出が許されてるか?」
「いえ、それはないです。」
「こいつの姉さんは歩いてたんだよ。働いてたって言ってたか?だがあの時間にうろつくなってんだ、この辺りを。」
「あの・・・あの・・・もうそんなことはさせません、させませんけど・・・何があってムン先輩に助けていただいたんですか?」
「お前知らねえのか?!」
「先輩、大きな声出さないで落ち着いてください。でも何があって先輩がユンシクのお姉さんを助けるなんてことになったんですか?」
ユンシクとソンジュンに交互に聞かれて、ジェシンはう、と言葉を詰まらせた。どうもこの二人に話すには生臭い話になりそうな気がする。ソンジュンは裕福な家の箱入り息子というイメージが強いし、今日初めて会ったユンシクからも、おぼこさがひしひしと伝わってきて、その二人の澄んだ瞳に見上げられては、どうもジェシンの分が悪い。
はあ~、と大きく息を吐いて頭を抱えたジェシンを、一緒に道端の段差に腰掛けていた二人は不思議そうに見つめていた。