ノワール その7 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 スラム街の入り口にあたるところに医院はある。ユニはとりあえず挨拶に寄った。ユンシクも今日から学校に行ったし、暫く薬もあるから患者としての用事はなかったが、仕事はどうかと思ったのだ。毎日医院で仕事をすると、流石にユニだって学業や家事に支障が出る。持ち帰ることができない仕事だから、医院に詰めていなければならないのだ。患者のカルテの整理。忙しい時に殴り書きのような処方箋を患者のカルテに付け加えなければならないし、すぐに探せるように順番に棚に納めるのもユニの仕事だった。それがまあ沢山あるのだ。糊で雑に貼りつけたメモ書きの処方箋つきのカルテが箱の中にどん。棚にランダムにドン。受付の机の隅にどどん。よく来る患者のカルテは、諦めたように医師の机の横に置いてあってそこから魔法のように引き出す医師の妻である看護師を、ユニは本当に魔女じゃないかと思っている。

 

 何にせよ、頼まれた仕事はちっとも終わりが見えない。患者の多い医者なのだ。病気もケガも何でも診る。大急ぎで往診に飛び出していくのも知っている。熱心な医者だからこそ、その事務仕事の雑さは大目に見たいところだが、ここにきてだいぶ手間がかかるようになったらしく、ユニが手伝い始めてようやく定期的に来る患者のカルテが名前順に並び始めたところだった。

 

 ユニにとってもいい仕事だった。人前に出るわけでもなく、淡々と仕分けをし、名前などが乱暴に書かれすぎていれば書き換えて貼りつけ、薬の処方をきちんと診察の日付のところに書き写す。ただし、ほとんどのカルテがその作業を必要とするので進みは悪い。中にはもう死亡している人もいるので、そちらはそちらで別に保管しなければならない。ユニだってわからないことが多いから、医師や看護師の隙を見て質問しなければできない仕事だってある。いくらでもやることは残っている。

 

 「そうだねえ、空いているのは学校が休みの日でしょ。毎回じゃなくてもいいから、時々来てくれると助かるなあ。昨日みたいに夜遅くじゃ帰すのも怖いから、昼間に来れるときの方がいいね。」

 

 流石に昨夜の帰宅時間は気になっていたらしい。ユニも、ユンシクの状態が良くなったから、薬を貰いがてらついでに仕事をしてしまったので、つい遅くなってしまったのだ。

 

 「でも先生、週末は病院を閉めるでしょ?」

 

 「閉めてても患者は来るの。結局ずっとここにいるからさ、俺。」

 

 豪快に飯を掻きこみながら医師は笑う。まもなく夕刻の一瞬の休憩時間が遅い昼食なのだ。待合室にはもう何人も座っているのをユニは見ている。

 

 「私もね、結局本来は休診の日ぐらいしか隅々まで掃除できないのよ。だから朝から私か先生かどちらかがいるわ。」

 

 とお茶を飲みながら看護師の奥様も笑っていた。私も時々呼ばれるのよ、ともう一人いる看護師が口を出す。結局年中無休のようなものらしい。

 

 「じゃあ、9時ごろから来ます。」

 

 「助かるわあ・・・カルテ探すのに手間がかかるのよね・・・。私も先生もカルテの整理するのがもう時間がなくて・・・。」

 

 ユニは話が決まると、忙しい医院の人たちの束の間の休憩時間を邪魔したとすぐに席を立った。頭を下げて建物の横手にある裏口から出る。すぐに表通りに出ると、空を見て足を急がせた。薄暗くなる前にスラムを抜けたい。今は学校帰りや働いている人たちが行き交っている。その中の一人になって、ユニはおさげ髪を揺らしながら小走りに家に向かった。

 

 

 あんなところにも入り口があるのか、そう思いながらその後姿を見送ったジェシンは、なんとなくそのまま後を追うように歩いた。ちらと見ると扉がある。表の扉は観音開きの大きなものだ。ここから従業員が出入りするのか、と案外今風の作りの建物に感心しながらまた御下げ髪の後ろ姿を追った。何か気になるのだ。制服もまだそろわない各学校で、皆大体似たような服をどうにか着ているが、その少女も生成りのブラウスに紺色のひざ丈のスカートをはいてカバンを斜めがけしていた。手にネギを持っているのが一寸おかしいが、お遣いなんだろう、と誰も気にしない普通の格好だ。

 

 ただ、昨夜の路地、昔の酒屋がこしらえたブロック塀のあるその場所に来た時、一瞬その少女が足を緩めて、路地を覗き込むようなしぐさをしたのに、ジェシンは目をすっと細めた。

 

 

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