ノワール その4 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 スラム街を突っ切るのも面倒になったジェシンは、そのまま街をふらつくのもさらに面倒になり、ヨンハとよくつるんでいる店に邪魔することにした。夜の店だが、昼間は閉め切った店の前を弁当屋に貸している。酒を出す店だが大通りに面していて、開発が進む中、昼飯を調達しに来る作業員が大勢いて稼ぎは馬鹿にならない。この店を中心に、周囲には冷麺屋やビビンバ屋、トッポギ屋など単品を食わせる小さな店が増えた。テーブルが二つぐらいしか入らない小さな店内と、店の外に置いた台と丸椅子で客を回す。昼頃はこの辺りは人が大勢たむろし、あちこちから食い物の匂いが立ち込めてどこか湯気で曇っているような空気になっていた。

 

 「ジェシン、腹は?」

 

 店に裏口から入り込むと、いきなりそんな言葉が飛んできた。この店の支配人だ。ジョン、と呼ばれている。ヨンハの父親がどこからか連れてきた薄汚れた青年だったが、この店をまかされるようになって一年、見違えるような男になった。青年だと思っていたが、もう30に近いぜ、とヨンハやジェシンに笑って教えてくれた。だが、それ以上は知らない。知っているのはその男らしい顔と、筋肉質の上半身と、それから店の経営がうまい事だけ。

 

 この一年で、店は近辺、いや、この首都では並ぶもののないほどの人気店となった。隣の建物も土地ごと買い取り、店を広げてホールを広くするほど。今では客席とホールが分かれており、ホールの方には舞台まであって、定期的に歌手やバンドが出演するほどのキャバレーになっている。以前は客席の隣で踊るしかなかったのだから、ものすごい変化だ。

 

 おかげで、客層も変わった。前は米軍の兵士が良く来ていたが、今は来る兵士の階級が上がった。前の狭苦しい店の方が良かった、と文句を言う人もいるが、いつまでも同じことはしていられない、とジョンは積極的に店に手を入れ、人の配置を変えてきた。投資も大きかったが、回収できる売り上げも倍々ゲームのように増えた。

 

 「食うものあんの?」

 

 「何か持って来てくれってさっき頼んどいたら、そこの箱の中に入ってるだろ。喰おうぜ。」

 

 ジョンは店の中の支配人室の奥にある小部屋で寝起きしている。風呂はないが、こんな店だから簡便なシャワー室は従業員の更衣室に設置していて、そこを使っている。ちなみにいつも温水が出るとは限らない。

 

 自分のボス(ジョンは社長のヨンハの父のことをこう呼ぶ)の息子であるヨンハが、16歳になったから、とこの店に出入りするようになった時、ある時間になるとヨンハをこの部屋に閉じ込めた。見るからに金のある少年に見えるヨンハは、出入りするようになってたちまちおこぼれを狙うチンピラもどきに目を付けられていた。ヨンハはその点賢くて愛想は良いが、決して顔見知り以上は近づけなかったから、次は美人局のように女を近づける作戦に周囲はでた。何しろヨンハは公言していたから。もうきれいなお嬢さん方と遊んでいいって親父から許しを貰ったんで~、と。馬鹿か、と思ったが、結構本心だったらしく、店に来る女性と簡単に同席し、酒や食い物を奢った。だから女を使えば簡単だと皆が思うのは当たり前だった。だが、ある時間以降は、ヨンハは支配人であるジョンによって確保されてしまうのだ。どんなに引き留めても、女性がこの後の夜の時間を誘っても、またね~、と明るく支配人室に引きずられていく。これに関してヨンハは抵抗はしなかった。アメリカ兵たちは、まだ坊やなんだぜ、と笑っていたが、少々親に反抗気味になってヨンハのところに顔を出したジェシンには、ヨンハは本音を語っていた。

 

 「英語の習得と経営の勉強。」

 

 それだけをジェシンに教えて、支配人室で寝っ転がるヨンハ。その体からは酒と女の香水の匂いがする。酒については一緒に飲んでいるジェシンには咎められないが、女に関しては臭いんだよ、といつも文句を言ってやったものだ。

 

 そうやってジェシンはジョンと知り合った。ジョンはジェシンがこの辺りをうろつくわけを聞いたりしない。今みたいに、仕事の邪魔じゃない限り勝手をさせてくれるいい兄貴分だ。

 

 箱の中にはキムチの焼き飯やらシンプルなジャガイモのチヂミなどが入っていた。勝手に取り出していると、ジョンが煙草をくわえながらこっちを見ていた。

 

 「何?」

 

 「う~ん・・・昨日さ、喧嘩しなかったか?噂が流れてきた。」

 

 ジェシンは振り向きもせずに答えた。

 

 「したぜ。耳が早いよな、ジョン兄貴。」

 

 ふ、とジョンが息だけで笑う気配がした。

 

 

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