ノワール その3 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 結局その日は登校しなかったジェシンは、ヨンハと別れた後ぶらぶらと街を歩き回った。ついでだ、と言い訳しながら、ヨンハに聞いた医者が開業している建物の前に来てしまったのは、矢張りかなり昨夜の少年のことが気になっている証拠だと自分でも納得した。ジェシンは健康な少年時代を過ごしてきたから医者とは縁がなかったが、母と兄は医者に世話になることが多い家だったので、まるきり病気に関することを知らないわけではない。往診をしてもらう家でもあったので、お抱えの医者しか知らないだけだ。

 

 医者というものは、お産以外は何でも治すものだとジェシンは思っていた。実際誰だって、熱が出てもケガをしても皆同じ医者のところに駆け込むものだ。馴染みもあって安心、それにジェシンと同じように医者なら何でもできるだろうという認識はあるからだ。最近になって、一つの医院の中に、内科と外科、などと分かれた診療室を構えるところも出てきて、ああ、専門があるのだな、と思うぐらいの知識しか、医学を志す者以外の人間にはないだろう。

 

 あの少年が言った医者の開業している看板にも、何が専門かは書いていなかった。医者の名に『医院』とついているだけだった。ヨンハも、あの先生は何でも診るよ、と言っていたから、この街にとっては便利な医者なんだろう、とぼんやり思って通り過ぎた。そこからは荒れた街並みが広がっている。まだ復興の手が及んでいない地域だ。スラムともいう。ヨンハが良く出入りする繁華な店が出来始めたところもまだスラムと言っていいが、医院の先は本当に何の手も入っていない荒れ果てたところだった。屋根の低い古い家屋が並び、住人のものだろう洗物が小さな窓から窓へと渡された綱にぶら下がる。あるかないか判らない狭い軒下にうずくまるぼろを着た男。ぼんやりと立っている痩せた幼児。見た感じ食べるのもやっとのような地域なのに匂う饐えた匂いはやはり人間が生活しているからだ。そして昨夜、チンピラを叩きのめした路地にジェシンは行きついた。医院から5分も歩いただろうか。

 

 医者のところから出た時からつけられたんだろうな、あいつ。

 

 狩る人間を探していたのだろう、とジェシンは舌打ちをした。チンピラたちも結局は金や助けてくれる人たちに恵まれなかった子どものなれの果てのことが多い。勿論真人間の道を進むものだって沢山いるが、どういういきさつか、家族や世間から捨てられたような少年たちが食い扶持を求めてたどり着く先は結局似たような境遇の者たちのグループだ。弱いものは更に弱いものを食い物にする。それは生物としての自然の法則かもしれないが、そうなったら人間じゃねえ、とジェシンはもう一度舌打ちをした。

 

 夜、10時も回ったころの出来事だったが、そんな時間に出歩くような少年には見えなかったから、彼は本当に医院で働いていたのだろう。裕福な者の身なりではなかったが、暗い中であっても、チンピラたちや、さっき路上に居た男や幼児のような崩れたり薄汚れたりしている印象はなかった。きっちりとしている、という感じだったのだ。

 

 路地は、片一方が酒屋をしていた商店だったからか、建物がブロック塀で囲われていた。倉庫もあるのだろう。路地の奥まで塀は続いていた。その一か所に、昨夜のチンピラの一人の血の跡を見つけて、ジェシンは眉をしかめた。しかし足元に死体はないし、息の根を止めるほどのことはしていない、と昨夜の自分の体の動きをなぞりながら奥へと進む。数歩でたどり着いたドラム缶の傍で、ジェシンは腕を組んだ。

 

 医者から出てくるやつは、薬も処方されていることが多い。金がなければ別だが。あいつらはその薬が目当てか。何の薬にしろ、薬は闇市で売れるからな。そう考えて、ジェシンは頷いた。

 

 路地から出てまだ進んでいないスラムの先を眺める。昨夜の少年はそちらに向かって駆けて帰って行った。働いているのなら、またあの医院にはいくだろう。一度とっ捕まえて、説教しなくちゃならねえ。

 

 危険は回避することができるのだと教えてやらなければならないのだ。今、この国は、まだ闇のなかなのだから、自分の身は自分で守らなければならない。

 

 

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