ノワール その2 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 まるで闇の中に差した一筋の光のようだった。絶望とは真っ暗闇だ。ユニはそれを一度、経験している。

 

 父が死んだ。それは突然訪れた。戦火は朝鮮半島全土に及び、ユニ達の故郷安東も北側の進軍を許してしまった場所だ。男たちが軍に頼れないあちこちを自警団として見張り歩く中、ユニの母の実家が火災を起こした。避難せず頑固に家に潜み残っていた老父母が、電灯の代わりに使っていたランプをひっくり返したのだ。布団の上に。乾燥していた時期、たちまちのうちに燃え広がったが、二人は自分たちで消し止めようと部屋でバタバタして逃げなかったため、煙に巻かれて体が動かなくなってしまった。火災に気づいた自警団が駆けつけ、妻の実家と知った父は止める仲間を振り切り、火の中に飛び込んだ。入り口まで這い出てきていた老父を仲間に引き渡し、更に部屋に入って倒れていた老母を見つけた。天井にも回った火のせいで背負えず、両脇に腕を入れて何とか引きずり、最期は玄関先で声を掛けてくれている仲間に押し出したところ、燃え盛る天井が父の上に落ちたのだ。

 

 即死だった。

 

 やけどすらない、ただ煤に汚れ、後頭部がつぶれた父の遺体。皆同情してくれた。ユニの両親は母方とは折り合いが悪かったのだ。父方と母方の実家同志の仲が悪かったせいで、敵同士の子どもが結婚したようになっていた。父方にほとんど親戚がいないせいで、一方的に母方の方が嫌っていたといった方が正しい。そんな間柄なのに、父は命を差し出して妻の両親を救った。村の者たちにとっては美談。だが、家族にとっては絶望だった。

 

 これで母の兄弟・・・ユニ達の叔父叔母との関係は逆に悪くなった。彼らは村での立場をなくしてしまったと文句を言った。頭を下げてくれたのは、県庁で泊まり込みになってしまっていた長兄だけだった。弔いを済ませた後も、関係はよくならず、戦闘が停止になり世の中が落ち着き始めた頃、母はソウルに出ることを決めた。どちらにしろ、安東にはあまり仕事がなかったのだ。農家の手伝いで食いつなげはしなかったし、何しろ現金収入が見込めなかったのだ。

 

 あの暗闇のような日々を、今ようやく抜け出しかけていたのに、ユニはあのチンピラたちに囲まれたとき、父の遺体を思い出してしまった。私のあんな姿を見たら、お母さんとユンシクをまた泣かせてしまう。真っ暗な中に行かせてしまう。そう思った。抵抗したけれど、五対一、当然無理だったうえに、ユニはやはり少女なのだ。非力だった。

 

 誰もいなかった通りじゃない。けれど少しばかりいたはずの人たちは見て見ぬふりをした。絶望はいくらでもやってくる。希望が見えるのは本当に遅いのに、すぐに、駆け足で、絶望はユニを苦しめにやってくる。路地に引きずり込まれたときには、もうあきらめかけていたのだが、いきなり手が自由になって地面に尻もちをついたら、チンピラたちの視線は路地の入口にくぎ付けになっていた。ユニも見た。そこには背の高い男の姿があったのだ。

 

 「・・・名前も聞けなかった・・・。」

 

 コロ、とチンピラたちは呼んだ。だが、そんな名前が一般的でないことぐらいはわかる。通称だろう。そのコロと呼ばれる人は強かった。ユニからすれば、アッという前に五人は叩きのめされていった。彼らの目が自分から逸れたのが分かって、ユニは後退っていた。少しでも距離を置きたかったし、チンピラの一人が大事な紙袋を放り投げた先に行きたかったから。因縁を付けられたのもその袋のせいだった。先生にも言われたのに。気を付けるんだよ、って。悪い薬をほしがる奴らがいるんだよ。うちからも時々盗まれるし、処方した患者が売ってるって話を聞かされたこともある。その薬は奴らが欲しいクスリじゃないけどさ。売れるっちゃ売れるからね、闇市で。薬はね、金と同じなんだよ。隠して帰りなさい。なのに、手に入れられたのがうれしくて、抱きしめて帰ってしまった。ポケットに入れればよかったのに。自分の愚かさを叱りながら、必死に後退さったのだ。

 

 高い位置に落ちた紙袋を結局『コロ』が取ってくれた。息も切れていなかった。あんな喧嘩をしたのに。暗いながらも近くで見たら、あまり年が変わらないように見えた。それぐらい若い青年だった。

 

 ユニには彼が光に見えたのだ。

 

 

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村