ノワール その1 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「姉さん・・・僕、もう大丈夫だよ。」

 

 「分かってるわ。熱が下がって安心したわ~。」

 

 明るく答える姉を見上げて、ユンシクは眉を下げた。自分は布団の上で座って薬を飲んでいるのは仕方がない。熱を出して、喘息の発作も起こして寝込んでいたから。中学校も休んでしまった。気を付けて何日も連続で休まないように気を付けていたのに、季節の変わり目にやってしまった。三日も欠席してしまったのだ。だが、姉は元気なのに、同じ日数女学校を休ませてしまっている。

 

 母は、今半分洋裁店にほとんどの時間を拘束されている。ミシンを使える従業員などいないのだ。母は田舎の出身なりに、花嫁修業として裁縫学校に通わせてもらっており、その時に当時はほとんど見られなかったミシンの操作方法を習っていた。結婚し、10年以上も触っていないその機械の操作の記憶が、夫を亡くしてから役に立つとは皮肉なものだった。花嫁道具の一つのようなものだったから。戦闘が休戦によっておさまり、それでも北側との境界に近いソウルは戦争により荒れ果てていたものの、未だに首都であり、人も何もかもが集まる場所で、つまり仕事もあるはずだと母はユニとユンシクを連れてソウルへ出てきた。その見込みは間違っていなかったのだ。ソウルには人が大勢いた。そして連合国側の軍人たちの姿も。そして急速に洋装に傾いていく世間の中で、洋裁の技術の一つであるミシンの操作は一つの武器だった。それでも家族三人の家を借り、生活費を稼ぐことにかつかつで、しばしば喘息の発作を起こし薬が切れないユンシクにかかる金はその生活費も圧迫した。休めない母の代わりに、姉ユニがユンシクの看病を担った、症状のひどい時には、ユンシクの傍に居るために、自分も学校を休まざるを得ないのだ。

 

 「ごめんね。」とはユンシクは言わなくなっていた。言うと姉も母も困るのだ。母は逆に謝ってくる。元気な体に生んであげられなくてごめんね、毎日薬を飲ませてやれなくてごめんね。確かに、対処療法的な、具合が悪い時だけの薬ではなく、体を健康に持っていくために毎日摂る漢方薬などを使えたらいいのかもしれない。けれど高価なのだ。それをユニは気にしていたのだろう。最近、仕事から夕刻遅くに帰ってくる母と入れ替わりに医師のところに行き、手伝いをして小遣い稼ぎをするようになった。日曜日など学校が休みの日は朝から行くこともある。そうやってこしらえた金は、今ユンシクの目の前で薬という形をとって燦然と輝いていた。

 

 「毎晩寝る前にね、飲むようにって。これは10日分。なくなりそうになったらまた調合してくださるそうよ。心配しないで、私50日分稼いでるから!」

 

 「うん・・・毎日飲むよ。」

 

 だから無理に働きにいかないで、とユンシクは言いたいのをこらえた。夕刻から出かけると、家に帰りつくのは夜10時を回る。長屋のように連なる住宅の一角は、決して治安のいい場所にあるわけではない。夜、不穏な叫び声や物音が聞こえることだってあるのだ。けれど、ユンシクにはそんなことは言えない。金を稼いでいるのは母でありユニなのだ。ユンシクは一銭も役に立っていない。

 

 「・・・姉さん・・・?」

 

 ユンシクはその時、ユニの異変に気付いた。ユンシクが飲み終わった薬包と水の残ったコップを渡そうとしたときだった。コップを持ってしまったユニは素早く動くことが出来ず、ユンシクの細い指にコップごと手を覆われてしまっていた。

 

 手首に痣が出来ていたのだ。そしてそれはくっきりと手指の形が残っていた。唇をわなわなと動かすユンシクに、ユニはにっこりと笑って答えた。

 

 「やだ、転びかけたときに助けてくれた人がいるのよ。咄嗟に掴んでくださったから力が強かったのね。大丈夫よ、痛くもなんともないから。」

 

 明るくそう言って、手を引いた。ユンシクはそれ以上言わなかったから、ユニは寝るように命じて部屋から出た。出たところが台所兼居間だ。ユニは母と一緒にもう一つある小部屋で寝ている。

 

 はあ、とため息をついた。途端に体が震えた。怖かったから。男たちに路地に引きずり込まれたとき、絶望していた。ついさっきのことだ。あの人が助けてくれなければ、と、男たちが呼んでいた『コロ』という呼び名しかわからない人に、心から感謝の念が湧いてくるようだった。

 

 

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