ノワール ~ソンジュン~ | それからの成均館

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『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 お車を、と追いかける使用人に必要ないと手を振って、ソンジュンは通りをてくてくと歩き始めた。日が上れば働き始めている人が大勢いる。明るい街は、ソンジュンにとっては怖いところではない。

 

 怖い思いは少しはした事がある。戦闘が激しくなったころ、子供への被害を恐れて父親はソンジュンと母を首都から出した。父親は若くして出世している官僚だったから、見栄でも残らなければならなかったのはよくわかっていても心細かった。使用人の里に居候するのは、いくら金を積んだとはいえ居心地は悪く、北側の軍が入ってきたというニュースが流れた時には、父など真っ先に殺されるだろうと思ったし、周囲もそう言った。嘆く母を慰め、ただひたすら勉強し、居候だからと水汲みなどの手伝いもした。だんだん寄宿先の態度が荒くなってきて待遇がおろそかになってきたころ、父が迎えをよこした。手のひらを返したように猫なで声を出すその家の男と嫁に冷たい視線を投げ、世話になりました、とだけ言い置いて戻ってきた。そこの息子である使用人は、里で親孝行しろ、とおいてきた。二度と雇うつもりはないと言い放ったソンジュンに、父は何も言わなかった。痩せていた父に、ソンジュンもそれ以上は言わなかった。

 

 田舎は暗かった。夜、部屋の灯が少しずつ消されると、漆黒の闇が待っていた。首都の自宅とは違い、隣の家も離れている。その漆黒の闇の方が怖かった。何の音も聞こえなくなり、時折獣の鳴き声だけがひびく夜は、自分が孤独になった気分にさせた。その点、戻ってきた自宅の周辺は被害がほとんどなく、インフラは不便になっていたが、それでも人が戻ってきていて気配がそこはかとなくあった。朝は、行商のもの、どこかの工事現場で働く者、勿論父のような勤めに出る者、学校が再開してからは少年少女の姿も見るようになった。

 

 それでも家の者はソンジュンに危ないという。ソンジュンの家は、父が国の官僚というだけでなく、元から裕福な家で、持っていた土地を新しい施設を作るのに貸したりして、このご時世に大層な収入がある。父は逃げずに残った勇気ある官僚として名を上げ出世をし、くるまでの送迎の身分となった。元からいいものしか使った事のない母や父からすればソンジュンの制服やカバンに気を使うのは当たり前で、ソンジュンの身なりは派手でなくとも、いいところの坊ちゃんであることを隠すことのない格好なのだ。まだ北の残党が国に残っていると言われている今、誘拐されるには格好の標的と皆が心配するのも無理はなかった。

 

 もう子どもではない、とソンジュンは少しへそを曲げている。まもなく高校生になるし、放っておいて欲しいと思う。戻ってきてから過剰な用心に固められた自宅が窮屈だった。田舎の暗闇は怖かったが、今の状態はシンプルにうっとうしかった。

 

 うっとうしいついでに、うるさいのは友人付き合いについて言われることだった。同じような身分のものと付き合え、と暗に父や母に言われている気がする。誰かの名を出すと、どこの誰、と細かく聞かれる上に、暫くするとあの家の人とはあまり、と歯切れ悪く忠告されることも増えた。自分の友人は自分で選ぶ、とソンジュンは何も話さなくなっていた。学校でも、父から君と友人になりなさいと言われた、とあっけらかんと白状して近づいてくるものがいる。いっそいさぎよいが、ソンジュンにとってたいして気が合わなければただの知り合いなだけでいい。そんなソンジュンにとっては、今は友人と言えるのは一人だけなのだが、最近その友人は休むことが多い。

 

 体が弱くて、と休みがちであることを最初に行った友人はキム・ユンシクという。休戦となってしばらく、再開した学校に転入してきた。住むところを失ったのだという。父親を亡くしたから貧しいけれど、速く大人になってどうにかしたいと言っている。しかし、体が弱いのは本当で、ひと月に10日は必ず休んだ。今はもう三日連続で来ていない。

 

 見舞いに行こうにも家が分からない、と思いながら歩いていると、スラム街の入り口にある古い建物に入っていく少年が見えた。

 

 ユンシク、と呟いたソンジュンは、その建物にかかる看板をじっと見つめた。板に筆で書いたのだろうか。確かにそこには、医院という名があった。

 

 

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