ノワール ~ジェシンとヨンハ~ | それからの成均館

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『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 紙袋は軽かった。胸にそれを抱きしめた白い顔の少年は、大きな瞳でジェシンを見上げて、ありがとうございます、と口を開いた。震えている。当たり前だ怖かったろう。まだ声変りもしていない、澄んだ高い声だった。

 

 「・・・こんな時間にうろつくとあぶねえのは知ってるだろうが・・・。」

 

 子供が歩き回る時間じゃない、と言いたかった。夜9時を回ると外出は制限されている。まだ同胞同士の戦いの名残が色濃く残るソウル。急いで再建されている中心地の周りには、スラムと化した下町が多くあり、この辺りも酒を飲ませ、ばくちをさせる場所が出来てからは一気に治安が悪くなっていた。

 

 「・・・仕事して・・・遅くなったんです・・・。今日一日頑張ったら、薬代になるから・・・。」

 

 抱きしめる紙袋は、あのチンピラが見込んだ通りクスリだったらしい。だが、あいつらの言う『クスリ』じゃなさそうだとジェシンは踏んだ。

 

 「薬?家に病人がいるのか?」

 

 「・・・弟の喘息がひどくって・・・お医者様に払うお金もないし、どうしようと思ってたら、お医者様の書類仕事の手伝いをしたらお薬をくれるって言うから・・・。」

 

 ふうん、とジェシンは頷いて少年を解放した。とりあえず医者の名前は聞いておいた。少年が無事歩いていく背中を見届けたあと、肝心の少年の名前を聞かなかったことを思いだした。

 

 

 「・・・っていう事があってよ。その医者なんだが・・・。」

 

 次の日、朝帰りの途中のヨンハを拉致って、ジェシンは整備された中心街に引っ張っていき、最近できたカフェに入った。米軍の将校の姿もある中心街は、急激に復興してきており、このように欧米寄りの飲食店や洋品店などもでき始めている。

 

 ここに連れてきたのは、あのチンピラどものようなものは絶対に来ないからだ。奴らは夜の生き物だった。あの少年の話をするのに、余計な聞き耳を立てられたくなかった。

 

 「ああ。あのあたりでたった一人の医者だよ。何でも診るし、内緒の怪我なら金さえ払えば内密に治療してくれる。」

 

 ヨンハは優雅にコーヒーを飲んだ。にが、と小さくこぼすのがまだ飲み慣れていない証拠だが。

 

 ヨンハはジェシンの幼馴染だ。お互い、内戦の時期に少年だったにも関わらず、あまり苦労知らずで育った。勿論北側から漢城に攻め入られたときには避難せざるを得なかったが、お互いの父親がそういう情報を先に手に入れられる仕事をしているおかげで、怖い目に遭う前に疎開することが出来ていた。ほとぼりが冷めて連れ戻されたら、踏み荒らされた首都の惨状を見る羽目になったのだが。だが飢えることもなく、停戦後のインフレにも耐えられる経済力がある家の子どもだったおかげで、辛い目にだけは合わずに来ている。

 

 ヨンハの父親は目先の効く商売人で、内戦を利用して商売の手を広げていた。足りないものなど沢山あって、食料品から衣料品、そして戦時中から今に至るまで一番儲けたのが医療品なのだそうだ。これはおいおい縮小するらしく、今は最も得意とする人材派遣・・・あちこちで建物が再建されたり取り壊されたりしている現状、人を集め、賃金を決め、必要なところに派遣するという仲介業に力を入れている。ヨンハは今は高校へ行きながら父親の手伝いをしていた。

 

 「大丈夫だよ、あの先生は・・・。ちょっとだらしないけど腕は確かなんだよ。書類仕事ねえ・・・なるほど先生苦手そうだなあ・・・。」

 

 くすくすと笑いながら茹で卵の殻をむいている。ジェシンはヨンハの前でコーヒーを飲みながら、トーストをかじった。

 

 「で、なに?その男の子がそんなに気になるの?面白そうな子だったんだ?」

 

 「いや・・・騙されて働かされてんじゃねえかと思っただけだ。あんな子供をあんな時間まで働かせるなんておかしいだろ。」

 

 「だからだらしない先生なんだって。時間なんか気にしてないんだろ。薬はちゃんと出してやってるんだからいいじゃないか。」

 

 それでもな、と考え込みながらトーストを乱暴にかじるジェシンに、ヨンハはにっかりと笑いかけた。

 

 「さて、もう少ししたら俺たち大学受験なんだからさ、少しぐらい登校しようぜ!」

 

 時刻は9時を過ぎていた。登校も何も、もう高校は始まっている。

 

 

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