ファントム オブ ザ 成均館 その46 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 あくる日、ユニが霊廟へ行こうとしたとき、ジェシンが隣に並んだ。

 

 「今日は俺も一緒に祈らせてくれ。」

 

 二人で霊廟の鍵を貰いに来たのを、チョン博士は不思議そうな顔をして眺めたが、何も言わずに渡してくれた。再び並んで薬房を後にする。すると、そこにソンジュンとヨンハもやってきた。

 

 「俺たちも少し心を鎮めたいな。」

 

 「一緒に入ってもいいかな?」

 

 二人ともジェシンには聞かずにユニに尋ねてきた。ユニは、別に霊廟は自分だけのものではないことを重々理解していたので断る理由もなかったが、自分が参り、祈るのが、聖賢の魂を祀っているところではなく、その傍らの小さな位牌の前だとは言えずにいた。

 

 小さな御堂を模した建物の中に一段高い祭壇がぐるりと設えられている。勿論中心に祀られているのは聖賢の名だが、そこには皆一礼をしただけで、ユニをじっと眺めて来るので、ユニは戸惑った。

 

 「君はどなたに教えを乞うているんだい?」

 

 静かな声で尋ねたのはソンジュンだった。ユニはうん、と頷くと室内の隅にある小さな位牌の前に進んだ。小さくても、そこにはちゃんと香炉が置かれ、朝、手入れをする書吏が焚いたのだろう香の残りがかすかにけぶっていた。

 

 早世した成均館儒生たちのためのその位牌の前に佇んだユニの後ろに、三人は並んだ。ユニは傍らにいつも準備されている新しい香の粉を一つまみ香炉にくべる。ほんの少し。一瞬間をおいて、ゆらりと煙が上がると、ユニは頭を垂れた。

 

 何を呟くでもない。いつも、一人の時でも、ユニはただ位牌の前でこうやって胸の内に渦巻くものをそのままに佇んできた。そうやって位牌の向こうに居る自分の師匠に語り掛けてきた。まとまらない胸の内だからこそ、どうぞ見てほしい、とすべてを明け渡すつもりで。そうしているうちに、すっきりとした気分になり、何かが見えそうな気がする。けして解決するわけではないが、何とかやっていけそうな、もう少し頑張ってみれそうな、そんな心持を与えてくれるのだ。しかしそれを三人にどういっていいかはわからなかった。以前ジェシンに尋ねられたときにもそう答えたから、今回もユニは何も言わずに、ただ頭を垂れて位牌と向き合った。自分が何をしているか、ただ、見てもらうしか方法などなかった。説明できないのだから。

 

 空気が動いた。忍ばせた足音が二人分、遠ざかり、扉を開けて出ていく音がした。それでもユニは頭を垂れたままだった。少し間をおいてしまった位牌と向き合う時間は何にも代えがたく譲れなかった。願をかけるわけではない。どちらかと言えば、心の整理と決意への後押しのためだ。短時間で終わる時も長くかかる時もある。今日は、西掌義ハ・インスの父の事件があった後で、ジェシンの言い放った言葉が胸に刺さって仕方がなく、それを話しに来たようなものだ。皆といても語り掛ける相手はただ一人、ユニの唯一の師匠だけ。だから、静かに胸の内を開き続けていた。

 

 ふと顔を上げると、少し離れた扉近くの壁に、ジェシンがもたれかかって腕を組んでいた。ユニはもう一度通り過ぎる前に聖賢を祀る祭壇に会釈すると、素早くジェシンの傍に近づいた。いつもよりかなり長くお話しちゃった、そう思いながら。

 

 明かりとりの小さな窓から入ってくる薄い光の中、目の前に来たユニの足元に、いきなりジェシンが跪いた。驚いたユニに構わず、ジェシンは手を伸ばし、ポソンの解けた紐を手に取った。くるり、と前足首のところで交差させ、軽く引っ張ってからまた後ろに回す。そこできゅ、きゅ、と蝶結びに紐が縛られていく。

 

 ユニは咄嗟のことに口元を押さえる事しかできなかった。ユニはやはり娘なのだ。足元に殿方の膝をつかせるなんて、王族でもあるまいに、と。けれど構わずジェシンは普段の乱雑さに見合わない手つきで紐のねじれも作らず、綺麗に紐を結んでしまった。

 

 危ないだろう。転んでしまうぞ。気を付けないと。

 

 穏やかな声音がユニの耳元に昇ってくる。ぼうっとしている間に結び終えてしまったジェシンはすっと立ち上がり扉に向かった。

 

 「また来ればいい。行くぞ。」

 

 空は晴れている。扉の向こうは一瞬白く弾けたように見え、そしてゆるゆると視界が戻ってきた。狭い霊廟とはま反対に開けた中庭。そこの木陰で、ソンジュンとヨンハが待っているのが見える。ユニは一歩踏み出した。ジェシンがしっかりと結んでくれたポソンの紐のおかげで足元は確かだ。歩いて行ける。扉を支えるジェシンを見上げると、珍しくうっすらと笑みが口元に浮かんでいた。

 

 

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