ファントム オブ ザ 成均館 その44 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 霊廟は夜は施錠されている。ユニがヨンシンと会っていた日は、ヨンシンが先にきて開けていただけなのだ。それに成均館が祀る聖賢、そして成均館に貢献した儒学者たちの魂の住まう場所だから、ユニは霊廟に参りたいときは、チョン博士に願って許可を得てから入室することになった。

 

 別に遺骨が祀られているわけでもないが、矢張り皆が喜んでいく場所ではない。周囲に儒生がたむろするわけでもない。日の高い時刻でも、ユニはそこに額づけば、静謐な空気に浸り、思う存分ヨンシンのことを思いだすことができた。

 

 毎日会ってくれたわけではない。ヨンシンという男は、若くして亡くなったぐらいだから体のどこかが悪そうなのはユニでもわかっていた。その上、成均館を正しい方向に導こうと、その在り方を求めて学問を冒涜する行為を行う儒生の処分のために働いていた。ヨンシンから説明を受けたわけでもないし、チョン博士も具体的なことは言わない。けれど成均館に潜み、観察し、博士たちに追い出すべき儒生の摘発について提案、指摘していたのではないかと思っている。

 

 ヨンシンは、ユニがした質問に答えられないことなどなかった。静かにユニの疑問を聞き、そして静かに解説してくれた。そのついでのように、更に広く類似の考え方などを教えてくれた。その逆もあった。なにしろ、何を聞いてもうれし気に応えてくれる。それがユニにとって本当にうれしく励みになった。素晴らしい儒生であったのだろう、と。私もこうなりたい、と。

 

 そう思った時、ユニははた、と気づいた。目の前に揺れる香の煙、その向こうにある、何人もの若くして散った儒生たちを祀る位牌を眺めて思った。私は女です。女ですけれど、あなたはそれを知っていてもあなたのような儒生になりたいと願う私を認めてくださいました。教えてくださいました。私は成均館が誇る儒生になりたい、師匠、あなたを見てそう思いました。ここでそれを目指します。その先に何があるか、私にはまだ見えてこないのですが、それはもう少し先で考えてもいいですよね。その時はまた、ご相談に上がります。

 

 何度か詣でている間に、心は少し整理されていたらしい。ユニはほうと息をついて外に出ようとした。扉を開けると薄くなってきた空気に冬の近づきを感じる。そして前を見ると、植え込みの木にもたれるようにしてジェシンが立っているのが見えた。

 

 「薬房に行ったってイ・ソンジュンに聞いたからよ、行って見たら博士がこっちに来てるって教えてくれたんだよ。」

 

 迎えに来た、と言うジェシンの近くには、書吏のジュンボクが所在無げに立っていた。鍵を受け取りに来てくれたらしい。

 

 「え・・・だいぶ待たせた?!」

 

 慌てるユニに、ジェシンは首を振り、ジュンボクもそれほどは、と言ってくれたが、ユニは慌てて鍵を閉めると、二人のところに走って行った。

 

 ジュンボクに鍵を渡すと、ユニはジェシンと並んで部屋に向かった。すでに夕暮れが近づいてきている。この講義と食堂での夕餉の前にある時間、いつもはソンジュンと一緒に尊敬閣に本を探しに行くことが多いのだが、最近は時折、薬房に行くという名目で霊廟に参っていた。なんとなく何かを察してくれているのはユニにもわかっていたが、ソンジュンも、そしてジェシンも何も言わなかったので、霊廟詣りについても別に説明はしていなかった。

 

 何と言っていいかわからず黙りこくって歩いていると、ジェシンがユニに話しかけてきた。

 

 「何を祈ってた?」

 

 なぜ霊廟に、と聞かれなかったことに気づかず、ユニはジェシンを見上げた。

 

 「えっと・・・何を、っていうか、まとまらない考えを聞いてもらってたというか・・・。」

 

 「ああ。そんなときもあるな。」

 

 ユニはジェシンから視線を外して小さい声で聴いた。

 

 「・・・サヨンは、聞かないの?」

 

 「何を?お前のそのまとまらない考えをか?」

 

 問い返されて小さく頷くと、ジェシンがは、と息を短く吐いた。

 

 「何て言っていいかわからねえから、汲み取ってくれそうな霊廟の方々に聞いてもらったんだろうが。まとまって、言葉にできるようになったら、俺にもいって見ればいい。」

 

 うん、と頷いて、ユニは足元の小石を蹴った。聞いてもらえたことも、聞かれすぎなかったこともなんだかうれしい。気に掛けてもらえて、そして少しだけ知らんふりしてもらえて。ユニは十分に気遣われていると素直に感謝の念が湧いてきた。

 

 「言えるようになったら、サヨン、聞いてね。」

 

 「おう。」

 

 それから、時折ユニが霊廟に行くときには、ジェシンが外で待っているようになっていった。

 

 

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