ファントム オブ ザ 成均館 その43 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 『成均館の亡霊』が姿を消した後も、試験後、時折退学者や落第者が出ることに変わりはなかった。その理由は、茶を飲みに来るユニに博士が語ってくれた。

 

 「君の師匠であった彼が、我ら博士たちに成均館という場所での儒生の在り方と誇りを思い出させてくれたのだよ。ここに居る価値、ここ出身だという価値を落とすわけにはいかないのだ、と。博士たちの間にも派閥意識はあるし、似たような学問の傾倒だとお互いを意識して意見の食い違いに討論が激しくなることも多い。だが、成均館の誇りを守ること、この一点については誰もが同じ方向を向いている。我らも儒学の徒なのだからね。」

 

 「ヨンシン師匠は、今も成均館に生きているのですね・・・。」

 

 そう呟くユニに、

 

 「おや、彼は君に名を教えたのか。」

 

 と博士は驚いた顔をした。

 

 「はい、名だけを。ですから、僕の師匠はちゃんと名を持った実在の人物となりました。」

 

 茶を飲み干すユニを博士はじっと見つめた。落ち着いているように見えた。もう悲しみから立ち直ったかに見えていた。けれど、茶を飲み干したユニの頬は濡れていた。

 

 「博士・・・時折、心細さに胸が縮んでしまう事があります。私は、師匠に会えていた間、それ以前に自分一人で耐えていたはずの孤独を忘れていました。頼り、教えを乞える人がいたのです。以前に戻っただけなのに、すっかり忘れていました。誰にも師匠のことを話せないし、大っぴらに悲しめない。師匠の墓前に頭を垂れることもできないまま、今になってしまいました。師匠のせっかくの伝言すら何も手付かずで先が見えません。師匠なら何か道筋を見つける言葉をくれたかもしれないのに、と思うと、心の中が空っぽになっていく気がするのです。」

 

 自分が始めたことだ、とは博士は口にできなかった。娘の身でありながら弟の名を借りて小科を受け、成均館に来ているのはユニが自分で覚悟して始めたことだ。だが、それがどんなに孤独で辛い事か、ユニのここでの生活を見ている博士にはどうしてやることもできなかった。特にユニは知り合いも最初はおらず、学堂を通しての同派閥の顔見知りすらいなかったのだ。今でこそ同室のイ・ソンジュンやムン・ジェシン、ク・ヨンハとつるんでいるが、それだって男の「キム・ユンシク」としてだ。根本的なその一義が偽りなのだ。心の底から仲間を信頼していても、一歩も二歩も引いていなければならない心はどうしようもないのだろう。

 

 ヨンシンとユニはお互いが秘密を持つ関係だったからこそ、どこか心を開いていたのだろうと博士は思い当たって、ユニの孤独に同情した。しかし、その同情すら言ってやることができない。踏み出して歩き出していることを、完遂しなければユニの孤独な戦いは追えることができないものなのだから。

 

 「彼の魂は、霊廟の片隅に宿っている。名を記すことなく、成均館に尽くした若き儒生たちの魂の休み場を設けた。そこに彼は入ることを望んだのだ。早世した仲間たちと共に、彼は本当の成均館の主となった。参ればいい。参って、その胸の内を聞いてもらうがいい。彼はいつだって君の声に耳を済ませてくれるだろう。何しろ、君は彼にとっての唯一の弟子なのだから。」

 

 彼の死を告げた時も泣かなかったのに、と博士はユニの頬を次々と伝う涙を眺めた。黒ずくめの儒生服の男と過ごした幾夜かがどれほどこの孤独な娘の心を癒したのか、支えだったのか、今更ながらに思い知らされる。

 

 そして、もう一人、彼の弟の心に空いた穴も思いやられた。ジェシンは、彼を見送った後、淡々と日常に戻っていった。その胸に兄の髪を入れた小さな袋を抱いて。二度目の兄の死は、それを看取ったためなのか、彼の言葉を十分に聞けたからなのか、辛い中にも何か落ち着きが見受けられた。

 

 二度目の死。それは自分が関与したものでもある、と思うと、ムン・ジェシンに対してどうしても申し訳なさが上回り、見えないジェシンの悲しみもどうしたら癒せるのか、と目の前のユニの涙が博士に訴えているようだった。

 

 

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