ファントム オブ ザ 成均館 その41 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 私にも夢があった。自分が妻をめとる未来はあまり描いていなかったのだ。お前を、ジェシン、弟のお前を跡取りとして考えていた。譲るとかではない。自分の健康に自覚があっただけだ。もし流刑になっていなかったとしても、この状態になるのが数年先に延びただけだっただろう。自分の体の中から聞こえる音というのは分かるものだよ。心の臓のおかしな動き、働かない腹の中、時に揺れる視界、自覚症状は度々あった。だから、ジェシン、お前には元気で可愛らしい娘ごを妻にして、にぎやかで健康な家庭を築いてほしいと思っていた。本心だよ。キム・ユンシク君は・・・あの娘ごがお前の隣に立ってくれたら、と、彼と一緒にいる時に何度か思った。夢をまた見せてくれたよ、彼は。私は夢を見たまま逝く。いい夢だ。ジェシン、幸せになれ。そして幸せにするのだよ。

 

 

 これは呪いだ、とジェシンは小さな布袋を握りしめた。かさりと音がした。袋の中には紙に包まれた兄ヨンシンの髪の毛がおさめられている。ヨンシンの表向きの墓は、ムン家代々の墓所の片隅にすでにあった。そこにはヨンシンのものだとして送られてきた髪の束が遺体の代わりに葬られている。現地で火葬されて、あまりに病気が重かったので骨すら焼けてしまったと言われたのだ。両親はその時も深く悲しんだ。髪は本当に彼のものだ、とチョン博士が言ったから確かに兄の一部は墓所に眠っている。それでも両親のやるせなさは、今、再びその一部を胸に抱いたジェシンにも今更ながらに理解できる気がした。

 

 ただ、ジェシンにはヨンシンの魂が宿ると彼に言われた。兄に恥じぬよう生きなければならない。ヨンシンはあれになれこうしろとは言わなかった。幸せを祈ってくれた。幸せになれと。幸せになるのが兄に恥じぬ生き方だ。ならば、ジェシンの幸せとはなんだ。

 

 

 屋敷内のことで、とヨンシンが亡くなって数日はジェシンは成均館を休むことを許された。それは、ヨンシンが成均館の主として生きていたことをほとんどの博士が認知していたという事に他ならなかった。そして、ソンジュンとヨンハも何が起こったかを察していて何も言わなかった。ユニに、大きなお屋敷ではいろいろと付き合いがあるようだよ、とごまかしてくれて留守は不思議に思われなかった。ヨンハには少し前から頼んでいたものを手に入れてもらって、そしてジェシンはヨンシンを見送ったのだ。ヨンシンは供物として捧げてくれ、と決して代金を受け取ってはくれなかった。

 

 体を焼く場にジェシンは立ち会った。座棺の中のヨンシンはもう何も語ってくれない。死に装束は真っ白な儒生服だった。白絹の儒生服に青いケジャ。彼がかつて着ていた成均館の儒生だった頃の衣服に、ヨンシンのやせ細った体は包まれた。ヨンハが用意してくれたものだった。

 

 「もう・・・成均館の主でも亡霊でもないので。黒は元から兄には似合わないと思っていました。」

 

 そう言って手ずから遺体に儒生服を着せたジェシン。不器用な彼なりに整え、仕上げは胥吏のジュンボクがしてくれた。綺麗に髪をくしけずり、髷を結い、網巾を巻いて、まるで今から講義を受けるかのように、兄は静かに横たわっていた。

 

 「このことは・・・いずれキム・ユンシクには何らかの形で伝えるつもりだ。だから・・・。」

 

 「はい。俺はあいつの・・・シクの大切な師匠が俺の身内であった事は一生言いません。」

 

 ユニの重荷になるのは分かっていた。ヨンシンの最後の時間を、ジェシンではなくユニに多く使わせたと彼女ならきっと気に病むはずだ。逆なのに。その時間が兄の生を少し長くしてくれたのに。希望は、夢は、人を元気にするものなのだと、その一端を担ってくれたユニに、ジェシンは何も言うつもりはなかった。

 

 だが、兄には呪われた。幸せになれ、と言われた。自分の未来を描いたとき、今同室のキム・ユンシクが近くに居ないという事は想像できないのだ。あいつは、俺の傍で笑って、泣いて、俺に守られていればいい、としか思えない。姿が見えなければ、心配で、心細くて、どうしようもない気持ちになるだろう。

 

 だから、ジェシンはこれから、兄に望まれた未来に向かって進まねばならない。

 

 

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村