ファントム オブ ザ 成均館 その39 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ユニの元気がない事は、中二坊の同室生二人にはすぐにわかるほどのものだった。明るくふるまっているつもりでも、時折遠くを見たり、顔を振って何かを吹っ切るように本に視線を戻すのも、隠しきれない悩みを抱えていると思わせるには十分だったし、次の5の日には部屋を出ず一晩を普通に過ごしていたことも、その変化のはっきりした表れだった。

 

 だからジェシンは分かったのだ。ああ。兄上に時がきたのだ、と。結局、兄ヨンシンは、屋敷に帰ることなく又居なくなるのだ、と。そしてそれを知るのは、家族では自分一人であることも、本当はそれ自体をヨンシンが望んでいなかったことも分かっていた。

 

 それでも、ジェシンは薬房に行った。夜、ユニの寝息が深いのを確認し起き上がったジェシンを、上体を上げて床の上に座ったソンジュンがじっと見てきたが、何も言いはしなかった。ジェシンも何も言わず、ただ静かに部屋の外に出た。

 

 薬房には、チョン博士が座っていた。鉢の中に薬剤を匙で測りながら入れていく姿を、ジェシンはしばらく静かに眺めた。計り終わったのか、すり棒に匙から持ち替えた博士は、顔も上げず、待っていろと呟いた。

 

 響く薬剤を摺りつぶす音。ざり、ざり、と大きかった音がザラザラとその細かさを伝え、そして博士は手を止めた。擦り終わった薬剤を紙の上に移し、丁寧に包んだ博士は立ち上がり、ついてきなさい、とジェシンを伴い薬房を出た。

 

 迷いなく歩む先には成均館の裏門がある。その先には泮水の集落。貧しい崩れ落ちそうな建物の間を抜け出ると、繁華な大通りに出るまでの間は建物が点在する小道が続く。そのうちの一本の道を曲がると、小さいがしっかりした家が低い竹垣に囲まれていた。

 

 暗めに明かりがともる一室に、ヨンシンは横臥していた。目は落ちくぼみ、眼窩がうっすらと黒ずんでいる。やせこけた頬とそのせいで尖る鼻先、かけられている上掛けは、その体の厚みがない事を嫌というほどジェシンに見せつけてきた。

 

 ふと、ヨンシンが目を開けた。チョン博士は脈を取ると、薬を煎じて来る、と言って、部屋の片隅の火鉢の上の鉄瓶をもって部屋から出ていった。

 

 ヨンシンはほほ笑んだ。ジェシンを手招く。もう声が、と小さな声で訴えた。

 

 「大きな声で話せないのだよ。傍に居ておくれ。」

 

 ジェシンは己を手招いた手を握った。冷たくて、まるで骨を掴んでいるように思うほどやせ細っていた。

 

 「約束を守れなくて済まない。けれどね、ジェシン、父上と母上に、哀しい思いを再びさせることがないと思うと、それだけが救いなのだよ。」

 

 「シクが・・・キム・ユンシクがしょぼくれていました・・・それで夜歩きがなくなった・・・。兄上、俺に察しろなんてひどいです。兄上が知らせてくれないと・・・。」

 

 はは、とヨンシンは笑った。嬉しそうに。

 

 「おや・・・ジェシンは一人前にやきもちを焼くのだね・・・私を取られたと思ったかな、それとも・・・キム・ユンシク君を取られたと思ったのだろうか?」

 

 はあ?とジェシンは少し大声を出してしまった。その後取り繕うように座り直すと、その様子を見ていたヨンシンはまた笑った。

 

 「どちらでもよい。ジェシン、お前は私のたった一人の弟だよ。お前にこんな姿を見せたくなかっただけなのだ。知らせなかったのは許しておくれ。」

 

 「・・・いいでしょう・・・。」

 

 むっつりと頷いたジェシンを、ヨンシンは優しく見つめた。

 

 「お前には・・・悲しい思いをさせることになるね。だが、お前は耐えられるよ。そう信じられるのは、お前の傍に良い友人たちがいることを知ったからだ。父上と母上を頼む。」

 

 「兄上・・・そんなに喋れるなら・・・薬をしっかり飲んで、屋敷に戻りましょう・・・。」

 

 ジェシンがすがるように手を握りしめると、ヨンシンは寂しそうに微笑んだ。

 

 「ああ。お前が連れて帰っておくれ。私の体の一部をお前に預けよう。そこに私の魂を込めよう。永遠にムン家を守ると誓う。」

 

 扉がそっとあいて、薬臭いにおいが漂った。ジェシンがヨンシンの体を起こそうとすると、博士がそれを止めた。もう起き上がる力も、座って姿勢を保つ力もないのだとそれで分かった。

 

 匙で顔だけを横向けたその口に薬湯をひと匙ふた匙。そしてヨンシンは口を閉じた。博士は無理に飲ませようとはしなかった。

 

 「兄上・・・明日も参ります。あいつ・・・シクにだけでなく、俺にも教授してください・・・いいでしょう・・・?」

 

 そうねだるジェシンに、ヨンシンは優しく頷いて、そして目を閉じた。

 

 

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