ファントム オブ ザ 成均館 その38 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 平穏な日々。ユニは5のつく日、滞ることなく霊廟に赴いた。用心は十分にして。なぜかジェシンはよく飲みに行くし、ソンジュンは早寝をする。そっと起きだしてそっと敷地内を歩き、淡い灯の中で、全身黒い、けれども穏やかな男に教えを乞う。時に、雑談のような相談事のような話で終始することもあった。短いその時間が、ユニにとっては学びであり、そして息抜きでもあった。

 

 しかし、寒さが増すにつれて、男はますます顔色が青白くなった。やがて、口元に黒い布でおおいをするようにするようになった。それでも穏やかな口調と確かな学識で、ユニを導き続けた。ユニにとって、この時間は永遠に続くものだと信じていた。

 

 

 ある日、それは突如終わった。

 

 

 男はちゃんと終わりを知らせてくれた。ちゃんと。

 

 「キム・ユンシク君。今宵で私との時間は終わりだ。もう私はここへは来られないからね。」

 

 ユニは頭が真っ白になり、そして今度は目の前が暗くなる気がした。どうして、どうして。

 

 「師匠(せんせい)・・・?」

 

 叫ぶこともできず呟くユニを、おおいの下の口元は穏やかにほほ笑んでいるだろう口調で、男はつづけた。

 

 「私はそろそろ遠くに行かねばならないようなのだ。君が成均館を巣立つまで見守っていたかったが、時は待ってくれなかった。けれどね、君はもう自らの足で立ち、歩いて行ける。私はそう判断するよ。成均館には素晴らしい博士方が沢山おられる。君が私を師匠と呼んでくれるのは面はゆくうれしいが、これからの学びは、もっと素晴らしい博士方から教授していただきなさい。」

 

 「でも、でも・・・博士方は皆の師匠です。師匠は・・・僕だけの師匠だと思えて・・・僕、僕・・・僕だけの・・・。」

 

 なくしたくない、いなくならないで、と涙をこらえるユニの手を、男はそっと握った。

 

 「人は出会い、別れるものだ。否応なく、道は分かれて、会えなくある時もあるし、付き合いが変わってしまう事もある。誰しも、だ。永遠に同じ時を生きる相手などいないのだよ。だがね、胸に手を当ててごらん。」

 

 ユニは素直にそっと自分の胸を押さえた。男も押さえた。片手は握り合いながら、片手は自らの鼓動を感じる。

 

 「ここに・・・ここに残るものがあるだろう。消えはしない。私の胸から君は消えはしない。君の胸に私は残るだろうか?」

 

 「き・・・消えるわけないです!師匠は・・・僕の・・・僕の・・・唯一の師匠なのですから!」

 

 「そうか・・・。うれしいものだね。君もね、私の唯一人の弟子だよ。私の胸の特等席に、君はい続けるだろう。ありがとう、キム・ユンシク君。」

 

 さあ、と男は手を離し、鉄瓶を取った。程よく冷めた、まだ温かい薬湯を注ぎ、ユニに渡す。

 

 「薬房からもらうものをきちんと頂くのだよ。よいね。君は男とは違い、冷えが大敵だ。」

 

 ユニは涙ぐみながら押し頂いた茶碗を持ったまま呆然とした。

 

 「知っていたよ。けれどね、それは私にとって君と共にいる事の何の支障にもならなかった。ただ、君が無理を重ねていることだけが心配だったけれどね。辛いことも多いだろう。君が何を成し遂げようとしているか、それは君の胸ひとつにあることだから聴きはしないが、私の願いはね、君が自分自身を大切に生きていくことだよ。君が自分の望む学問をここで手に入れようとしているように、君自身をいといなさい。君は私の最高の弟子だ。元気でいてもらわねば困るのだよ。」

 

 学問は、と男はユニを諭した。

 

 「人に伝えて様々な意味を持ち、変化し、それでも最も大事なことは磨きに磨かれて残っていく。私が君とともに学びを深めたこと、それを忘れずに、君がさらに研鑽しながら生き、その生き方が人に影響を及ぼすとき、また君の得た言葉は磨かれ意味を持つ。新しく大きくなるかもしれないし、核がもっと固くなるかもしれない。そうやって後世に伝わっていく。君は私と同じように、時のつなぎ目の一人となり、その役目を果たすだろう。名は残らないかもしれないが、絶対に居なければならない一人として君は存在する。そこに男も女もない。私はそれを君に教えてもらった。私は新しい意味を見つけたのだよ。ありがとう。ありがとう。」

 

 さあ、飲みなさい。そう促されて、ユニは夢のような気分で茶碗の薬湯を飲み干した。促されるまま霊廟をふらふらと出ようとし、しかし振り返った。

 

 「師匠・・・!お名を・・・私のたった一人の師匠のお名を・・・。」

 

 男は口元のおおいを取り、淡い光の中でほほ笑んだ。

 

 「姓は故あって教えられない。ヨンシン・・・私はヨンシンと申す。」

 

 

 それきり、5のつく日の霊廟詣では終わってしまった。

 

 

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