ファントム オブ ザ 成均館 その34 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「どうしたの?眠れなかった、サヨン?」

 

 覗き込まれて、ジェシンは顔をそむけた。瞼が腫れている自覚はある。声を上げて泣くなんて、随分久しぶりのことだったから、腫れぼったい目の周りの理由には言い訳を考えておいた。

 

 「頭が痛かったんだよ。もう治ったが、ほとんど寝てねえな。」

 

 「お薬を貰いに行こう?あ、僕が貰ってこようか?」

 

 「治ったつったろ。」

 

 心配してくれるその姿に縋り付きたくなる。守ってやらなければならない存在であるキム・ユンシクに扮したこの娘は、今はジェシンにとっては希望だ。

 

 兄弟二人になった時、兄ヨンシンと少し落ち着いて話せた。ジェシンは聡明だから、ヨンシンの体調についても、ヨンシンのやり遂げたいことについても十分理解は追いついていたが、それでも感情はついていけず、涙があふれて仕方がない自分をあきらめてはいた。だから、無理をせず、休養を優先して、少しでも長く生きてほしい、とヨンシンを強請った。自分が一人前になるまで見守るべきだ、兄なのだから、と強請るジェシンを、ヨンシンはほほ笑みながらなだめ続けた。見たいよ、お前が立派な大人になるのを、図体ばかり大きくなってどうするのだ、ジェシン、いつまでも末っ子のわがままは私には通じないよ、とヨンシンは動じもしなかった。ひとしきりわがままを言って、最後に黙りこくったジェシンの背を優しく撫でながら、ヨンシンは言って聞かせたのだ。

 

 成均館のために働いていると思うからこそ、今まで生きてこられたのだ。それにね、あのキム・ユンシク君は、どうも私のことを初めて自分のためだけに存在する師匠とでも言うように接してくれてね、とても気分がいい。そして結果を弟子が出すと、更に気持ちの良いものだね、張り合いが出る。だから最近気分の良さのおかげで良く動けるし、彼のために5のつく日は元気でいようと自分を大切にするようになったよ。お前には存在を知られてはならないと思っていたけれど、お前が私のことを案じてくれるなら、矢張りそれも頑張る要素になりそうだね。ジェシン。いい子だから、私から生きがいを取り上げないでおくれ。

 

 

 ジェシンのために、ソンジュンと縁側に出て、斎直達から桶に洗面用の湯を入れてもらっているユニを、開け放たれた扉から眺めた。隣にいる逞しいソンジュンと並ぶ背中は華奢で細い。明らかに男としては見ることのできないその線の細さに、ジェシンは今縋っている。彼女がヨンシンを師として崇め、頼りにすればするほど、ヨンシンは未練が残り、生きる気持ちが大きくなるのだとジェシンは思うのだ。愛情深い兄ヨンシンが、頼ってくる健気な年下の儒生を見放すようなことはしないだろう。5のつく日の霊廟詣でを、ジェシンはこれからそっと見守って、出来るだけ長く続かせなければならない。

 

 約束をした。自分たちがいずれ数年内に行われる大科に受かれば。ジェシンだけでなく、キム・ユンシクも受かればの話だが、その時はムン家に戻ろう、と。たとえそれがどんなに短い間であっても、もう一度、両親に会って、ヨンシンが成し遂げたことを報告して、親孝行をしよう、と。その後は。

 

 その後は、任せたよ、とヨンシンは言った。ジェシンは頷くしかなかった。だからヨンシンには、おそらく次の次の春に行われるのではないかと噂されている大科まで、元気にユニの師を続けてもらわなければならないのだ。それには秘密の保持と、ヨンシンの体調の維持が不可欠な要素だ。ジェシンが手助けできるのは秘密の方だけだ。ヨンシンとユニの霊廟でのひと時を守ること、それだけだ。

 

 「本当に大丈夫?」

 

 とまた覗き込んでくるユニ。本来は部屋の外で行う洗面を、ジェシンのためにわざわざ湯を張った桶を部屋まで持ち込んできてくれた。

ジェシンはぼんやり座っていた敷布を足で押しやり、湯に片手を突っ込んだ。もう、飛び散ってる、と怒るユニの声を聴きながら顔を濡らした手で撫で、のどや耳の後ろも濡らし、手拭いでごしごしと拭いた。もう、もう、と言いながら桶の周りを拭くユニと、黙って桶を外に運び出していくソンジュン。ユニにも戻ってきたソンジュンにも、ジェシンは言った。

 

 「心配かけた。俺は、大丈夫だ。」

 

 心は痛むけれど、それでも、寄り添う人がいる心強さを、もうジェシンは知っているから。

 

 

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