ファントム オブ ザ 成均館 その33 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「もう少し・・・もう少しだけここに居ることができる。私は流刑の地で、このまま何も為さずに朽ち果てるのかと絶望の中にいた。絶望が病を呼び起こし、私は起き上がることが出来なくなった時にすべてをあきらめたのだ。だが、なぜか体は死を拒否した。機能を失わせても、死まで至らなかったのは、ずっと見続けていた夢のせいだったのだろうかと今も思う。両親の懐かしい姿、ジェシン、お前の可愛いいたずら、それだけではない。何よりも多く夢見たのは、成均館儒生だった頃のことだ。ああ。希望に満ち溢れ、仲間と切磋琢磨し、自分の思考を深めていく喜びを知ったあの日々に戻りたい。そう思った。目もろくに見えず、いつこわれるかわからない体で何ができるのかを考え、成均館のこれからのために使いたいと望んだ。もう少しだけ成均館の亡霊でいさせてほしい。学問の府を穢す行動を正し、学問の府を担う者を見守る。見守ることに手を出すつもりはなかった。博士方がいらっしゃるのだから、私は必要ない。だが、キム・ユンシク君とはひょんな縁が出来てしまった。予定外ではあったが、私にとっては為すべきこと、為したかったことが形をとって目の前に現れたも同然だった。もう少しだけ・・・成均館の亡霊でいさせてほしい。いずれ、成均館を守るただの霊となるまで、遠い事ではないだろう。」

 

 ジェシンが手を伸ばした。ヨンシンの膝の上に柔らかく置かれている骨ばった手を覆う。両手で覆ったその手を、ヨンシンはやわらかく振りほどいて、そして握り直した。

 

 「ジェシン。お前の手は温かいね。」

 

 兄上、とジェシンは懇願するようにうめいた。

 

 「・・・少しでも・・・少しの間でも母上に・・・顔をお見せするわけにはいかないのですか・・・。」

 

 「ジェシン。私も迷った。父上への感謝。母上への想いはどうしたって私の中から去らない。だからね、ジェシン。私は戻ってはならないのだよ。自分の両親に、二度も・・・二度も弔わせる哀しみを背負わせたくない。そして・・・その日が近いからこそ・・・。」

 

 「父上よりも!母上よりも!一日!たった一日だけ長く息をしてくださればいいのです!」

 

 無理を承知でジェシンがすがっているのが分かる。何もかもを理解したうえで、出来ないことを承知で、それでも無理難題を叫ぶ。その手をヨンシンは優しく撫でた。

 

 「わがままだね、ジェシンは。何でも聞いてやりたいけれど、こればかりは無理なのだよ。父上母上には長生きしていただきたい。だがね、私の寿命は一度尽きた。余りの生は長くはもらえないのだよ。自分の生命の泉が枯れていくのが分かるのだ。昨日よりも今日、私は体が変わっているのがね、分かるのだよ。そして明日、また私はどこかが壊れていく音を体内から聞くだろう。そんな姿を、両親に見せて、悲しませるなんて親不孝をしたくないのだよ、ジェシン。分かっておくれ。堪えておくれ。」

 

 そっとヨンハが立ち上がった。ソンジュンもそれに従った。静かに会釈をして、二人が出ていくのを、博士は引き留めることなく見送った。そして博士も立ち上がった。

 

 「ジュンボク、引き続き外を見回っておきなさい。私は・・・奥の部屋で薬を調合している。」

 

 そして、扉を閉めるとき、背後で号泣が響いたのを博士は目をつぶって聞いた。

 

 

 暗い中を東斎に戻りながら、ソンジュンはヨンハの嗚咽を聞いた。自分も泣きたかった。疑獄事件については多くの間違いが正され、何人もが赦免されて元の地位に戻ったと聞いていた。無実のものの中に、ジェシンの兄が含まれていて、不幸にも帰らぬ人となったのを、後味が悪いことになった、と父が思っていることも知ってはいた。屋敷の中では、ひそひそ話が行われるのだ。口の軽いものはどこにでもいて、ソンジュンは聞きたくないことだって勝手に耳に入っていた。それでもソンジュンは当事者ではなかった。まだ少年だったのだ。だが、成均館に入ってジェシンに胸倉を掴まれたとき、終わりのない感情を初めて突き付けられた。あんな風に人にすがるジェシンなど初めて見た。ジェシンにとってどんなに大事な人だったのかを知って、父たち老論のやり方を心底軽蔑した。そして隣で静かに涙するヨンハに、その罪深さをまた思い知らされている。

 

 「お前は悪くない・・・コロだって分かってる・・・あいつは大丈夫だ・・・だけど、心はどこか・・・壊れるだろうなあ・・・。」

 

 先輩、俺の心も今、壊れかけています、何を信じるのか、今までも迷っていたのに、もう、真っ暗闇に放り込まれたみたいに立ちすくんでしまいそうです。

 

 それでもヨンシンの成均館への想いがよみがえる。ここは成均館、学問の府。イ・ソンジュン。お前は何をしに成均館に来ているのだ、と。

 

 

 

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