ファントム オブ ザ 成均館 その30 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 罪人を見張る役人たちもヨンシンのことは見放していた。ただ、赦免が決まりそうだという話は通っていたので、他の同じ境遇の者たちと同じように、世話をしているという体は装わねばならないとは分かっていたようで、集落の老婆が身の回りの清潔さだけ整えていてくれたようだった。それでも、その老婆でさえ、もう次に見に来た時には死んでいるだろうと毎回思っていたようだった。それぐらいヨンシンは体が弱り切り、生気が失われていたのだ。

 

 チョン博士も助からないと思ったのだという。いよいよ赦免の使者が来る、という時期には、時間によっては呼吸も確認できないほどになっていた。チョン博士も、斜面を告げに来る使者と顔を合わせるわけにはいかなかったので、覚悟を決めて、ヨンシンの息がほとんどない時に、死者として殯のために場所を移してやりたいと、その体を筵にくるませて山の中の小さな小屋に連れ込んだのだという。本当にダメなら、その地位を赦免により回復されたムン・ヨンシンとして送ってやりたい。それは、同じく左遷された身であるチョン博士にとっても大事なことだった。違いは断罪されたかどうかだけだった。赦免の使者を迎えて、そして安らかに死出の旅路につかせてやりたい、それぐらいヨンシンは死に近かったのだ。

 

 「いわゆる・・・仮死という状態だった。冬だったせいもある。寒い中、そうだな・・・まるで蛇のように体を外気と同じにして冷たくし、全ての体の活動、呼吸や心の臓の動きすら緩慢にして最低限に落としていた、と言っていいだろうか。彼は呼吸器に問題を抱えていたと聞いていた。その病の活動すら抑えたのだ。そして体を眠らせ続けた・・・。」

 

 半年が過ぎ、チョン博士は仮死状態のヨンシンを見守り続けていた。王様からは期限なしの休暇を頂いていたし、報告を上げていたから心配はなかった。密かに食料や金も届けられた。薬剤は役に立たなかった。ヨンシンが起きないから飲ませることもできない。ただ、春が来て、徐々にヨンシンの呼吸が深くなってきたことに気づき、博士は観察し続けた。毎日体温を確かめ、一定時間の呼吸の回数を数え、そして脈を取り続けた。冬の間、手首でも頸動脈でも感じ取れなかった脈は、徐々に博士の指に振動を与えるようになった。そして白湯で乾ききった唇を濡らすと、唇を動かすようになった。しかしなかなか目は開かなかった。

 

 「この状態は覚悟していた。一度息の止まった者は、たとえ息を吹き返しても、停まった時間の長さにより、その後体が動かなくなったり、麻痺したり、頭脳も全く役に立たなくなってしまう事がほとんどだ。ましてやムン・ヨンシンは半年以上息の細い状態、そして体も動かさずに横たわったまま。二度と歩けない可能性の方が高かった。」

 

 ある日、手が動いた。それまで、床ずれを起こさないよう、チョン博士はヨンシンの体勢を替え続けていた。ちょうどその時に、敷布をひっかくようなしぐさに気付いたのだ。それから博士は声を掛け続けた。それこそ素読をしたりした。しばらくすると、足が布団からはみ出しているのに気づいた。自ら出したのだと分かったとき、涙が出た。

 

 「それから少したって、目が開いた。意識は朦朧としてただろうし、眼は光はわかるがほぼ見えていなかったらしい。声も出なかった。体の端々は動くが、寝返りもしばらくは自分で出来なかったのだよ。力もなくなっていたからね。」

 

 「しかし!」

 

 顔を覆って話を聞いていたジェシンんが突如叫んだ。

 

 「博士は・・・博士は兄上が生きていると・・・まだ息があるからこそ面倒を見てくださったのでしょう?!ならば!なぜ!我が家に知らせてくださらなかったのですか?なぜ死んだと!我らは兄上が生と死の間で戦っている間、兄上を弔ってしまった・・・。」

 

 生きていたならどうして・・・、そう声を落としたジェシンに、博士は静かに言った。

 

 「先ほども言っただろう。ほぼ、死人だった。ぬか喜びはさせられないと、王様と相談申し上げたのは私だ。そして、体も心も、元に戻らない、と判じたのだ。それならば、どこか静かなところに移して、安らかに余生を過ごさせよう、と王様も仰せだった。実際・・・。」

 

 チョン博士の話を聞いていたヨンシンがここで口を開いた。

 

 「ジェシン。私はね、眼がもう駄目なのだよ。さっきお前があんな近くに顔を寄せてくれたから、ようやく見えたぐらいだ。特に日のある昼間がダメだ。全てが真っ白く見える。」

 

 ジェシンの顔が悲しみに歪むのを、ソンジュンもヨンハも、どうしようもしてやれなかった。

 

 

 

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