ファントム オブ ザ 成均館 その29 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 叫んだジェシンを、ソンジュンは振り仰いだ。立ち上がっていたからだ。そして男を見てからヨンハを見た。ヨンハも口を開けて男を見続けている。

 

 明かりの中に入ってきた男は、黒ずくめの儒生服を着て、黒い網巾を額に巻いていた。その顔は、年寄りにも見えたし、若くも見えた。痩せて頬がこけているため、陰影の深い顔だが、よく見れば皺はない。だが頭髪には灯に反射して白いものがあるのが分かる。総じて年齢は不詳に見えた。

 

 「ジェシン・・・大きくなったな。」

 

 男は静かにそう言うと、するりと土間に降り、チョン博士の隣に立った。背の高さはジェシンと同等で、久しぶりに相まみえる兄弟は対面していた。

 

 ジェシンは先ほど一声呼びかけたきり、声が出ないようで、突っ立っていた。ソンジュンが男から目をそらしてジェシンを見上げようと隣を見ると、目の前にある腕がふるえているのが分かった。たどれば、両の手は拳を握りしめ小刻みに震え続けている。それは見上げても同じで、ジェシンは全身を振るわせて感情と戦っているのだとソンジュンにも伝わってきた。

 

 「あの・・・ムン・ヨンシン様・・・ですね・・・。」

 

 あの飄々としたヨンハですら声がふるえていた。

 

 「ク・ヨンハ君だね。君も大きくなったものだ。はは・・・もう10年ほど経っているのか、当たり前だね。そして・・・。」

 

 男の目はソンジュンに移った。

 

 「君はイ・ソンジュン君。はじめてお目にかかるね。キム・ユンシク君から、弟の名とともによく聞くから、初めて会った気がしないけれどね。」

 

 兄上・・・、と男を遮るように声が上がった。勿論、ジェシンだった。

 

 「亡くなったと・・・聞かされて俺たちは・・・父上も母上も、それから俺だって!俺だって・・・どんなに嘆き悲しんだか・・・それなのに、生きておられたならどうして!どうして戻ってこられなかったのですか、兄上!」

 

 ジェシンが一歩を大きく詰めて男にすがった。胸倉を掴んでいるのに、それがすがっているのだと分かるほど、初めて見るジェシンの取り乱した姿だった。

 

 「母上が!母上が体を壊されるほど嘆いて!父上はただ静かに何かを考えている!あの父上がですよ!俺は・・・信じたくなくて・・・兄上を嵌めた奴らをただ恨んで恨んで・・・恨んで今に至るのに・・・。」

 

 男は、ムン・ヨンシンは、ジェシンの両肩を掴み、優しくさすった。本当に大きくなって、と呟く声が聞こえた。優しい、温かな声だった。決して幽鬼のものではない、熱のこもった人の言葉だった。

 

 「ムン・ジェシン。彼は、一度は本当に息が止まったのだ。一度、死んだと判断されたのは本当なのだよ。」

 

 チョン博士がなだめるように言い、ソンジュンとヨンハに目配せした。立ち上がってジェシンの肩に手をかけて引くと、いつもの力強いジェシンとは思えないほど、簡単にヨンシンの胸元から手が離れ、ずるずると引かれるままに座っていた場所へと引き戻された。そしてうつむいて顔が上がらない。とうとう両手で覆ってしまうのを、二人は何とも言い表せない気持ちで見守るしかなかった。

 

 「驚かせたね。ジェシン・・・本当に父上、母上には不孝をし、お前を悲しませたのは私も辛いのだ。ただ・・・私は実際死出の旅に出てしまいかけたのに、なぜか戻ってきてしまった、生者と死者の間にいるようなもので・・・有体に言えば、生の余分の時間を貰っただけと言えるのだよ。だから、元には戻れなかった。」

 

 

 そこからはチョン博士が簡潔にヨンシンについて語った。

 

 ヨンシンは、実際に流刑先で体を壊し、息がほぼ確認できず、心の臓の動きも脈が取れないほど弱くなって、意識もない状態に士を待つばかりの罪人として扱われていたのだという。その頃、チョン博士も左遷の憂き目にあい、成均館の博士になる前に、故郷に一度帰るという事で密かに王様から流刑地に派遣された。ムン・ヨンシンが重体だという報告があったのと、冤罪により何人もが赦免されるのが確実になっていて、その中にヨンシンの名があったからでもあった。ヨンシンはチョン博士と同じく、大科一位で官吏となった、王様お気に入りの若者であったからだ。

 

 そしてチョン博士がヨンシンの下にたどり着いたとき、ヨンシンはほぼ死人だったのだという。誰もその死を疑わないほどに。

 

 

 

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