ファントム オブ ザ 成均館 その26 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 その夜、ユニは寝付けないままに床の中で刻限を計り、そっと部屋を抜け出た。中二坊にはソンジュンがぐっすりと眠っている。ジェシンはいなかった。夕餉の後、ヨンハと飲みに市へ出ていってしまったのだ。今までも何度かあり、大体朝帰りだった。大丈夫、とユニはふんだのだ。

 

 眠りこけて朝まで眠ってしまう事を避けたいために、こうやって起きている状態で時刻を待つ。それで睡眠時間が減り、体調に影響したのだろう、とは反省点でもあったが、どうしても眠ることでのあの男に会う機会を減らすことは嫌だった。どこかで減った睡眠分のつじつまを合わせないと、とは思ったが、今も妙案は浮かばない。どうしようかな、とユニは本を胸に抱えて霊廟に向かった。

 

 男は待っていた。いつものところで板戸を少し上げて。ユニはうれしくて会釈しているのか駆け寄っているのかわからないぐらいだった。男も嬉しそうにユニを手招きし、前に座らせてほほ笑んでいた。

 

 「あの・・・お痩せになりましたか?。」

 

 其れなのに最初に出た言葉はこうだった。近くで淡い灯の中で見る男の顔は、そげていた頬がなお一層落ちくぼんでいた。

 

 「少し・・・痩せたのだろうか・・・自分の顔なぞゆっくり見ることはないからね。」

 

 男は動揺も見せずにそう答えた。

 

 「君こそ、少し体調が悪かったようだね。もういいのかな。」

 

 「はい。僕は元気です!」

 

 「それはよかった。何しろ体が資本だよ。大事にしたまえ。」

 

 「はい。」

 

 「今日は先に茶を飲もう。温かい間にね。」

 

 薬剤の香りがする茶碗を押し頂くと、男も自らの椀を持ち上げて喫した。それを見てからユニも口を付ける。飲んだ時にはわからないが、暫くすると茶の入ったお腹の当たりからじんわりと温かさが体中に広がっていく。男は時折から咳をこぼした。空気が抜けるだけのような無音のものだが、明らかに咳だった。それでも茶を飲み切ると、今日は何かあるかな、と男に促されるのに、ユニはすっかり咳のことを忘れて質問しまくってしまった。

 

 

 おい、おい、とゆすり起こされたソンジュンは、ジェシンが目の前にいることに気づいて体を起こした。

 

 「シクはどこだ?」

 

 聞かれた意味が分かった瞬間に、布団を跳ね上げて見ると、扉近くのユニの布団が空っぽなのが見えた。

 

 「厠かと思ったが、布団が冷たい・・・。そこそこいねえぞ、この部屋に。」

 

 「・・・気づきませんでした・・・。」

 

 額に手を当てると、ソンジュンは長衣を彼にしては乱雑に羽織り、すでに立ち上がっていたジェシンと共に外に出た。ジェシンは外から帰ってきたばかりだろう、服は外出着のままだし、酒の匂いも漂わせていた。

 

 靴を履くと、ヨンハがふらりと戻ってきた。首を振るのでジェシンを見ると、

 

 「厠を見に行かせたんだ。」

 

 とのことで、ユニはいなかったらしい。

 

 三人は顔を見合わせた。足が同じ方へ向く。東斎の裏にある建物。ユニが閉じ込められたあの幽霊の噂のある建物へと。幽鬼を信じているわけではない。だが、どうしてもここ最近は幽鬼の話がユニにまとわりついている。三人にとっても切り離して考えることができないほどには。

 

 建物は静かで、人の気配は何もなかった。ソンジュンが扉を豪胆にも叩き、ジェシンが小さな格子窓を覗いてみたのだが、何の陰もなかった。ヨンハは二人を恐ろしいものでも見るように眺めていたが、何事もなく傍に戻ってきたのでほっとした。信じてなくても怖いものは怖いのだ。

 

 「・・・具合が悪くなったか?」

 

 ジェシンがハッとして呟くと、三人はまた無言で歩き出した。薬房に向かったのだ。どこか辛くなって薬を貰いに行ったのかもしれない。広い成均館の敷地の中でやみくもに走り回るわけにもいかず、心当たりはそこしかなかった。

 

 東斎を出て、講堂の前を通り過ぎる。真っ暗だ。ところどころにある灯以外ないが三人は流石に敷地内はよく知っている。迷いなく砂利の敷いてある道を歩き、博士たちの部屋がある棟を見ながら薬房を見つけたが、その時、ヨンハが二人の袖を思い切り引いた。

 

 黒い影が、闇の中に尾を引くように薬房に吸い込まれていったのだ。扉が閉まる音に我に返ったジェシンとソンジュンは、薬房に走った。淡い常夜灯が小さくともる部屋の中。隙間から覗いた二人の目には、誰も映らなかった。

 

 

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