ファントム オブ ザ 成均館 その23 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 もう一晩こちらでお世話になって、熱が上がらなかったら部屋に戻してもらえるんだよ、と明るく報告するユニに、昨晩の幽鬼の陰はなかった。

 

 幽鬼が上から覆いかぶさっていたのだ。生気を吸い取られているんじゃないか、と震えるヨンハに、バカなことを言うな、と突き放したジェシンだったが、それでも不安は大いに残っていた。あの後、洗い物をして戻ってきたジュンボクに見つかり、少しだけですよ、と中に入れてもらって、眠るユニの息は健やかそのものだったし、唇には微笑みを浮かべているようにも見えた。数日寝ている状態だったからか、前髪や鬢が乱れておくれ毛のように輪郭を縁取っているのがかわいらしくて、じっと見ていられなかった。それはソンジュンも同じようで、というよりはジェシンと同じく薬房の中をつい見回してしまっていた。扉からの出入りはなかった。この薬房は、土間から上がった板間の奥にもう一部屋ある。倉庫だと聞いていた。これは薬房に定期的に薬を貰いに行くユニからの情報で、そこには干し終えた薬剤や、症状に応じた薬剤の組み合わせなどの書物などが補完されているのだという。薬房は他にこの扉しかない。あの黒々とした幽鬼のようなものが霞と消えたのではないのだとしたら、出入りできるのはそこだけだった。

 

 ユニを次の日見舞う前、ジェシンは薬房の周囲を回ってみた。裏手を10歩ほど行ったところに井戸がある。ジュンボクが洗物をしたり、桶の水を替えたりしたのはこの井戸だろう。そして建物を点検して回っても、裏手に扉はなかった。通気のためだろうと思われる小さな切り取り窓はあったが、それも猫が通れるぐらいの大きさで、高い位置にある。内側から板戸をはめて閉めてしまうようだ、と観察してから、ジェシンは表に回った。

 

 「元気じゃねえかよ。」

 

 「今朝は微熱もないんだ~。もう講義に出たいんだけど、チョン博士が今夜の熱の具合で決めるってお命じになったの・・・。」

 

 嬉しそうに言ったかと思うと、もう一晩薬房を出られない無念さに声がしぼむのがおかしかった。ソンジュンも笑い、ヨンハが頭を撫でた。朝餉も良くお召し上がりでしたよ、というジュンボクも嬉しそうだった。どこにも幽鬼に呪われた跡などない朝。

 

 けれど見たのだ。三人の目が同じ幻を見るなどありえなかった。ユニの寝顔を見て東斎に戻り、怯えるヨンハを仕方がなく中二坊に入れて黙りこくった。恐怖というより驚きが少し過ぎ去ったからか、その沈黙の間に、それぞれが自分が見たものを脳裏に再生していたらしい。

 

 「何を言っていたか、分かったか?」

 

 「はっきりとは聞き取れませんでしたが・・・よどみなく何かを語っていましたね。」

 

 「お前もそう思ったか?ただのしゃべりじゃないなあれは・・・本を読んでいるような、そんな滑らかさだった。」

 

 「そうだっけ・・・?」

 

 首をかしげたのは、あの時二回も小さく悲鳴を上げたヨンハだった。はっきりとその時の情景を見られなかったのだろう。しかしヨンハは違うことに気づいていた。

 

 「そういえばさ、薬房って独特な匂いがするだろ?」

 

 「生薬の匂いは乾燥していてもきついですからね。それぞれ紙がかぶせてあるようですが、匂いは消えないで混じってしまうんでしょうね。」

 

 思い出したからか眉をひそめたソンジュンに、そうなんだけどさあ、とヨンハは何かを思い出そうとするかのように顎を撫でた。

 

 「テムルの傍に行くとさ、勿論薬臭いんだけど、なんだか違う・・・そう・・・。」

 

 う~んう~んとうなってから、ヨンハはぽん、と手を叩いた。

 

 「そうだ!香の匂いだ!」

 

 以前ヨンハがユニから香ると騒いだものと同じだと思う、と言うと、ジェシンとソンジュンは真剣な顔をした。ユニは香などを焚きしめることなどない。香は高いし、身の周りに金をかけられるものでないと無理だからだ。大体若い儒生で香を焚きしめているものなどいない。

 

 「幽鬼が香を焚くわけないな・・・。」

 

 「供養の香を焚かれたら・・・成仏しますね、逆に・・・。」

 

 

 三人の目は薬房をさまよった。ユニを見舞いながらも探る。ここにきていたあの黒い男。男の目的はなんだ。幽鬼ではない。あいつは生きている、男だ。

 

 

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