ファントム オブ ザ 成均館 その22 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 薬房は博士たちの使用する建物から少し外れた場所にある。薬を煎じたり、けが人や病にかかった者の処置をするため井戸にも近いところだ。棟になっておらず、一軒だけポツリと建っている。周囲が暗いだけに、少し絞っていると言っても人がいる薬房からははっきりと灯火の灯が漏れ出ていた。

 

 夕刻からまた熱が上がるだろうと言われていたユニがいるのだ。この数日、書吏のジュンボクが夜の看病を請け負ってくれているとも聞いていた。ジェシンやソンジュンは申し出たのだ、部屋で面倒を見てもいい、と。うつるような病ではないのだし、内心女であるユニの世話を知らないものにさせるのは恐ろしかった。誰がどこまで知っているかなど、三人には確認する術がなかったから。しかし、診察をしたチョン博士が何も言わないところを見ると、彼は真実を知っているのではないかとは睨んではいた。チョン博士は南人だ。同じ派閥のキム・ユンシクをかばってもおかしくはない。けれど聞く勇気はなかった。聞いて、全く博士の知らないことだったら、自分たちが秘密を暴露してしまう事になってしまうからだ。

 

 そっと窓の板戸の隙間から覗いてみる。三人は背が高いので目線が届いた。薬房の隅に寝かされている姿があった。薄暗くはなっていたが、一段低い土間で静かに寝転がっているジュンボクの姿も見えた。しばらく三人で後退して見ていると、ジュンボクがむくり、と起き上がって少し首を回すのが見えた。彼は静かにユニが伏せているところまで這いずっていき、枕もとに座った。額に載せていたのだろう手拭いを取り、桶に浸してしばらく泳がせ、良く冷やしてから固く絞り、またそっと額に載せた。その丁寧な仕草に、ユニがこの数日手厚く看病されていたことに安心もした。

 

 大丈夫そうだな、と思っていると、ジュンボクが立ち上がった。手に桶を持っている。土間におりて、もう一つ大きめの持ち手のついた桶を掴んだ。ガチャガチャと音がしているところを見ると、洗い物が入っているようだった。それらを持って外に出ようとしているのが分かって、三人は慌てて窓から離れ、足音を忍ばせて建物の近くにある植木の傍に隠れた。暗闇だ。完全に体は隠れなくても、音さえ立てなければ見つかりはしない。実際、ジュンボクは外に出てそっと扉を閉じると、外の空気をゆっくりと吸い、空を見て天気を確認するかのような仕草をすると、三人がいる方を気にもせず建物の裏手の方に消えていった。

 

 すぐに戻ってくるだろう、そう思い、もう一度寝ている姿を確認してから、と三人はそっと茂みから出た。足音を忍ばせてもう一度窓の傍に寄る。そしてすぐに異変に気付いた。

 

 ー・・・何か聞こえる・・・

 

 ヨンハが薄く漏れる灯で見えるおぼろなお互いの顔が分かるほどの視界の中でそう口を動かした。耳を澄ます。聞こえたのは物音ではなく人の声だった。それもユニの声ではない。あの澄んだ高めの少年のような声ではなかった。低い、男の声。

 

 顔を見合わせた。恐怖ではない悪寒が背筋を走った。誰かが忍び入ったのか、そう思ったのか慌てて窓に取り付いたのはジェシンだった。ソンジュンもすぐにそれに続いた。

 

 二人の視線の先には、相変わらずユニが休んでいる夜具が見える。しかし先ほどと違う光景が広がっていた。先ほどジュンボクが座っていた辺りに黒々とした影があった。それはよく見ると男の形をしていた。黒いのは服のせいだともわかった。分かったのだが、その男がユニの方に少しかがみこみ、話しかけているのだ。けして大きくはない声なので、はっきりとは聴こえない。けれど穏やかによどみなく、何か本を滑らかに音読しているように聞こえた。

 

 二人の間を押し分けるように、ヨンハが窓に貌を寄せた。ひ、と小さく悲鳴が漏れる。男には聞こえなかったようで、声はひたすら続いた。そして突然止まったかと思うと、軽く手がユニの頭の当たりを撫でたように見えた。

 

 ひ、とまたヨンハが呻いてよろけた。二人の袖をつかんでいたものだから、二人も一緒に後ろに引っ張られた。

 

 その一瞬目を離したすきに、次に窓を覗いたときには、男の姿は薬房から消えていて、ユニが一人眠っている姿だけがそこにあった。

 

 

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村