㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
講義ばかりで同じ毎日を送っている儒生たちにとって、『呪い』『呪い返し』などいい娯楽のようなものだ。自分には関係ないと思っているからだ。別にキム・ユンシクが高熱で苦しんでいようと、たいして心配などしない。皆若い。自分と同じ年のものが病で亡くなるなど、あまり身近にあるものではないから、どこかの遠い話のようなものなのだ。
それは、キム・ユンシクを目の敵にしているハ・インスにとってもおなじだったようで、面白いことになっているようじゃないか、と嫌みのようにジェシンに絡んできたわりには、『呪い返し』については笑い飛ばした。
にやにやと取り巻きの数人は笑ってジェシンを眺めている。この同年の二人は、成均館に入った時にはすでに仲は最悪だった。対立派閥の子弟同士という事もあるが、全くそりの合わない相手はいるのだ。最初は適派閥だというだけで嫌っていたソンジュンを、今では仲間として認めていることも考えれば、ハ・インスとはどうしても仲良くなんぞできない、とジェシンは常に感じるほど嫌いな相手だった。
「病人を面白がるとはいい趣味だな、ハ・インス。」
睨みつけながら言うと、
「体が弱い自覚があるのなら、無理せずに自宅で療養すればよいのだ。見栄を張って成均館になぞ来るから、体を壊すんだよ。」
「キム・ユンシクが成均館に入ったのは王様直々のお声がけですよ。見栄どころか栄誉あることでしょう。」
ハ・インスの言葉に賛同するように嗤った取り巻きは、イ・ソンジュンの言葉への反応に困ってきょろきょろしている。ハ・インスの機嫌を損ねたくはないが、イ・ソンジュンにも悪意をもたれたくないのだ。勢力の強い方へついて、少しでも得をすることを教え込まれている両班の子弟たちのその卑屈さが、ジェシンは嫌いだった。そしてそれをわざと利用しているハ・インスのやり方も。
「せっかくの王様のお声がけも、自らの体の制御に失敗して台無しにするとなると、ご恩に反することになるだろう。バカのやることだよ。」
ジェシンは睨んだままだったが、気づいたようにふと口を開いた。
「へえ・・・てめえはあのばかばかしい噂のせいじゃねえっていうのか。」
するとハ・インスは鼻で笑った。
「呪いも呪い返しもばかばかしい。自分が上手くやれなかったためにしくじった者たちの言い訳さ。キム・ユンシクは体調管理にしくじったわけだ。自らの虚弱さに目を背けたからだろう。それを馬鹿と言わずに何というのだ。」
薬房へ向かいながら、ジェシンは腕組みをしていた。ソンジュンとヨンハも少し気抜けしたような顔で一緒に歩く。
「いや・・・ハ・インスが至極真っ当だという事が今日初めて分かった気がする。」
「確かに幽鬼や心霊などは信じていなさそうな感じの人ではありますけれど。」
ハ・インスが言ったことは、落第をキム・ユンシクが呪ったせいだ、誰かが密告したせいだ、などといい散らした奴らを黙らせるだけの真っ当さと鋭さを持っていた。ジェシン達が言っても収まらない老論の者たちの悪口を黙らせるものだ。最終的にはユニの体調管理の甘さを馬鹿にするのが目的だったのだろうが、それでも、落第者は落ちるべくして落ちたのだとはっきり事実だけを指摘していた。そこに呪いなど存在しない。自分たちの自業自得であると。
「・・・腹の立つ・・・。」
それでもユニのことを馬鹿にされたのも事実だし、ユニが体に負荷をかけて生活をしていることも事実だから、ジェシンは余計に何も言えなかった。正論であり、ジェシンにはどうしてやりようもないユニの生活の在り方に、イライラが募る。
薬房に着くと、ユニは起き上がっていた。早めの時間であるが粥を食べさせられていた。ジュンボクがはたはたと薬房の外で火にかけた生薬を煎じている。ユニが飲む薬なのだろう。
「だいぶいいのかい?!」
ヨンハが嬉しそうに駆け寄ると、ユニは匙を置いた。こちらを向いた顔はまだ元気いっぱいとは言えないが、それでも笑顔が花開き、ソンジュンとジェシンもほっと息をついたのだが。
「まだいかぬな。熱が昼でも下がり切っていないから、今から上がる。喉の腫れが引いていないからだ。薬湯を飲んだら引き続きここで休ませる。薬湯には眠りを誘うものも入っているから、薬房で様子を見なければならないのでな。」
チョン博士にそう言い放たれて、またお薬、と眉を下げるユニを見ると、博士の言う通り、まだ熱がありそうなふわふわとした視線が三人を見ていた。