ファントム オブ ザ 成均館 その19 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「おい、アン・ドヒャン。」

 

 背後を取られたドヒャンに逃げる術はなかったが、それでも一度は逃亡の隙を伺った。だが、しっかりと掴まれた首根っこに、しお垂れた太っちょの猫のようにだらりと力を抜いた。

 

 「・・・コロ・・・言いたいことは分かってる・・・お前らに先に言うべきだったよなあ。だがよ、俺さ、怪奇は苦手なんだよ・・・怖くてつい・・・。」

 

 ドヒャンの首根っこを掴んでいるのはジェシンだし、両脇にはソンジュンとヨンハが仁王立ちしている。ドヒャンは太り気味だとはいえ、背の高さや体の逞しさは、細身に見えてもこの三人の方が迫力がある。

 

 「でもよ、コロ・・・テムルはまだ熱が下がらないんだろ・・・あんなに元気な子供がだぜ、いきなり寝込んで治らないなんて・・・。」

 

 「てめえが言いふらしたせいで、老論の奴らなんて言ってるか知ってんだろ?」

 

 「俺は言ってない!言ってないぞ!他の何人かだって絶対言ってない!」

 

 呪い返しだ、なんて、とドヒャンは体を震わせた。怖いのは本当らしい。

 

 「て・・・テムルが誰かを呪ったなんてことがあるわけないんだ。みんな分かってるんだ。それでも理由がわからないことは誰かのせいにしたいんだよ・・・。」

 

 講堂で聞こえよがしに話す儒生たちは、イ・ソンジュンを虜にして離さないキム・ユンシクという存在を憎む者たちだ。老論の子弟が住み暮らす西斎にすら起居しないソンジュンと、彼らは決して親しくなれない。その理由をキム・ユンシクという存在に押し付けなければやりきれないのだろう。

 

 それでも、似たような時期に入学した者たち、ドヒャンのようにユニを面白がって可愛がる者など、ユニのことを理解する者たちだって増えていた。けれど老論では圧倒的少数だ。声は小さい。

 

 「キム・ユンシクは元々虚弱なんですよ。それも皆知っているはずなのに。」

 

 「あいつの生活をしてみろ。俺たちなんかすぐに寝込むよ。講義、講義、予習復習、課題、その上に筆写の仕事を遅くまでやってるんだ。よく今まで堪えたものだと感心するぐらいだよ。」

 

 「だから!分かってるんだ・・・。」

 

 ジェシンどころかソンジュンとヨンハにも詰られて、ドヒャンは顔を覆った。

 

 「俺の可愛いテムルがさ、苦しいんだろうな、って思うと眠れなくなったんだよ、厠に行くついでに額の手ぬぐいでも俺がちょちょいと替えてやろうと・・・思ったんだ、隣で寝転がって一晩看病してやりたかったんだ・・・だからふらふらと薬房まで歩いてよ・・・灯が漏れているからそっと覗いたんだ、チョン博士なら部屋に追い返されるだろうが、書吏の誰かが看てるなら、言いくるめて中に入ろうと思って・・・。」

 

 覆ったついでに本当に泣いているらしいドヒャン。この悲劇的な怖がりようが、キム・ユンシクが幽霊に呪いの見返りを求められて寝込んだみたいな話になっているのは明白だった。老論の者たちにとっては好都合のことだが。

 

 今までの落第騒ぎが、『呪い』のせいならば、それを盾に元の状態に戻すよう言えるかもしれないのだから。落第者は計10名を数えようとしていた。そのうち老論でないものは、最初にユニを幽霊騒ぎの話の元である建物に閉じ込めた三人の東斎の儒生、つまりジェシンと同じ小論の者だ。

 

 今朝、朝餉前に様子を見に行った三人に告げられたのは、熱はまだ高い、という事だった。意識は戻ってきており、言われた通りに食事を食べ、白湯を飲み、薬湯を嫌がりながらも床に座って飲んだ、と言われて少しほっとしたところだった。しかし会わせてはもらえなかった。覗かせてもらった薬房の隅で、布団はこんもりと山を作り、頭の先だけが見えていた。よく寝ている、と言われたら、それ以上の邪魔はできなかった。そしてその時、『呪い返し』の噂はまだ三人の耳には入っていなかったのだ。

 

 真っ黒でよ・・・何かをテムルに告げるかのように耳元に口を近づけてた・・・見えた手が真っ白で血の気がなくて・・・あ、テムルが食われるんじゃないか、と思ったら・・・!

 

 ドヒャンは声を掛けられたのだという。飛び上がって恐る恐る振り向くと、そこには水の入った小桶を抱いた書吏のジュンボクが立っていた。テムル様ですか、熱はまだ高くて、とにかく冷やして差し上げないと、といいながら扉を躊躇なく開けたので頭を抱えそうになった。けれどジュンボクが平気な顔で入っていくのに勇気を得て顔を上げると、そこには、ユニが一人布団に寝ている光景だけが広がっていたのだという。

 

 「テムルの生気があいつに吸われてる・・・どうするコロ・・・テムルを助けないと・・・!」

 

 ドヒャンの情けない声が響いた。

 

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