ファントム オブ ザ 成均館 その10 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「・・・そうか、盲点だったね。」

 

 また次の5のつく日の夜更け、ユニは迷いはしたものの、行かないという考えは起こさなかった。迷ったのは着ていく服だ。ただ、夜中にきっちりした儒生服でうろつくのもヘンだし、誰かに見とがめられたときに、寝付けないから散歩をしている体で、寝床から出てきただけ、という格好が一番安全ではある。ただユニは、他の儒生のように肌着だけで寝ているわけではない。ソンジュンとジェシンという男二人と一緒に寝起きしているわけだから、はだける格好をするわけにはいかないのだ。胸にはふくらみを隠すために晒しをきつく巻き付けてあって、それを見られるわけにはいかない。元々、娘としての躾は受けているわけだから、まず肌を見せること自体が罪深く、恥ずかしく感じるように育ってしまっている。足袋(ポソン)も履いたままだし、肌着の上の単衣以上はぜったに脱がない。だから寒くない今の季節、単衣のまま前回は霊廟に行ったのだが、そこで抹香の香りが単衣に残ってしまったのだろう。脱ぐわけにはいかないのなら、とユニは単衣の上に一枚、予備に持って来ている単衣を羽織ることにした。

 

 少し恥ずかしい。男は真っ黒ではあるが、きちんとして儒生服のなりをしている。そしてユニは教えを乞いに行く立場だ。あまりにもの格好だと思うのだが、男は前回の単衣姿でも頓着しなかった。けれどそこはユニも気恥ずかしさと失礼ではないかという思いがどうしても取れないので、その晩、単衣を羽織っているわけを一応話したのだ。

 

 「滅多に見とがめられることはないだろうが・・・何しろここは霊廟だから。」

 

 にっこりと笑う。墓ではない。だが、日中でもしんと静まり返り、成均館にとっての偉人たちの霊を祭る神聖な場所だとされているのだから、近寄りがたい建物ではある。儒生たちの住まう清斎や博士たち用の建物、講義を行うお堂などからは、霊廟を含め享官庁、婢撲庁などは、ぽつり、ぽつりと離れた場所にあるし、儒生がそこに何の用事があるわけでもないから来る必要もない。外から帰る、外に出る近道として通る場合もあるが、霊廟はそんな場所でもない。この辺りにいる時は、だから大丈夫。人に遭う可能性は、東斎に近くなった場所だ。しかしそれこそ気晴らしの散歩、という事にできる。

 

 「匂いに気が付くとは・・・君はなかなか観察されている、という事だね。」

 

 「特にヨリム先輩・・・ク・ヨンハ先輩は、最初の頃僕を・・・。」

 

 「君を、何だい?」

 

 ユニは一瞬いいあぐねて、しかし嘘も付けまい、と素直に答えた。

 

 「初めて成均館に足を踏み入れた時、最初にあったのがク・ヨンハ先輩だったんです。その時・・・しげしげと僕を見てから急に抱きしめられて、女みたいなにおいがする、って言われたので・・・それを思い出しました。」

 

 「そうか。そのク・ヨンハという儒生は、君を女人かもしれないと観察する癖が今も抜けないのだね。」

 

 ユニは頷いた。これ以上は突っ込まれたくはない。この何者かはわからないが、自ら成均館の主と言う人に、女人禁制の掟を裏切っている自分を知られたくない。ユニはほんの少しだけしか関わり合っていないこの謎の男を、すっかり尊敬してしまっている自分に気が付いた。嫌われたくない、呆れた顔で、憐れまれたり、侮蔑されたりしたくない。教えを乞えば答えてくれる、素晴らしいこの師匠を失いたくないのだ。

 

 今、成均館に博士は何人もいる。皆尊敬すべき学者たちだ。だがこの男はユニだけの師なのだ、多分。絶対。

 

 「少し考えよう・・・だが霊廟は偉大な霊を祀るところ・・・香を絶やすような失礼はあってはならない・・・そうだね。今夜はもう仕方がないから、次に方策を見つけて見よう。さあ、キム・ユンシク君。今夜は何か私に聞くべきことがあったのかな。」

 

 ユニのことにそれ以上細かく訪ねてくることもなく、男はあっさりと今夜のユニの本来の用事について話を戻した。

 

 「時間は有限だ・・・それに私は、君のその儒学に対する真摯で熱心な想いに心を打たれているんだよ。私にも儒学への熱意がまたふつふつと湧き出してくるようだ。楽しみにしているのだよ、君と学ぶことを。」

 

 そしてユニは、この夜もまた一つ、師から学び必死に覚え、そして名を聞くのを忘れた。

 

 

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