㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
そのことに気づいたのはヨンハだった。何しろ、まだ静まり返っている早朝の成均館に朝帰りしてきて、ふらりふらりと自分の部屋ではなく中二坊に突撃して来るのだ。その時間には、ソンジュンは日課の読書を片隅で姿勢よく行っている。ジェシンは寝起きが悪いので勿論寝ているし、ユニも起寝の鐘が鳴らされて起床の合図があるまでぐっすりだ。楽し気に扉を開けるヨンハを、静かに見上げたソンジュンに、唇に指を立てたヨンハは、あはは、と笑いながら一番手前に寝ているユニの布団に一気に潜り込んだ。
「ひゃっ!」
驚いて飛び起きたユニのま隣で寝ころびながら、
「おはよ~、愛しのテムル!」
とご機嫌にからかうヨンハを、ソンジュンは呆れて見ている。ユニはドキドキと驚きで早鐘のように打つ胸を押さえながら、ひどいよ~、と文句を言うのだ。そしてその騒ぎで機嫌悪く目が覚めたジェシンがヨンハを蹴る。その日もそんな朝だった。
ん?とユニの布団からジェシンの脚によって蹴りだされたヨンハが、自分の袖をくん、と嗅いだ。そして性懲りもなくまたユニの布団にがばり、と突っ伏すので、布団をたたみかけていたユニはつんのめりそうになった。
「もう~、ヨリム先輩、どいてよ~。」
自分の部屋で寝て!と文句を言うユニに、ヨンハはひとしきり布団に顔を埋めてから起き上がり、首を傾げた。
「テムル?お前何か香でもつけているか?」
ユニこそ首を傾げた。香?何を言われているかわからない。どちらかと言えば、共同風呂に入れない身として、清潔さを保つために、顔や首筋、勿論足だって、皆に隠れてしょっちゅう洗い、髪だってできるだけ梳いている。香に匂い消しの効能があるのは知っているが、正直化粧すらできない娘の身で、香なぞ今の境遇にせよ、まず値が高くて持ってすらいない。
「だよなあ・・・でもさあ・・・。」
とユニの寝ていた辺りにまた顔を突っ込んだヨンハを、今度こそジェシンは蹴り飛ばした。さっきは床に転がっただけだったが、今度は壁にぶち当たるほどにヨンハはすっ飛んだ。
「気色悪いんだよ朝っぱらからてめえは・・・まだ酔ってんのか?!」
機嫌の悪さついでに憂さ晴らしをしたようなジェシンに、ヨンハは吹っ飛んだ影響すら見せずにちんと座り直し、だってさあ、とのたまう。
「何だかテムルの布団からいい匂いがするんだもん。あ!そうか!テムルの匂いを嗅げば・・・。」
「嫌だよう~!」
「どうしたんですか、ヨリム先輩・・・。」
もう一度蹴ろうと構えたジェシンだけでなく、ソンジュンまであきれ果てた声を出した。ユニは震えながら布団を素早く畳み、ジェシンとソンジュンの間に隠れてヨンハから距離を取った。狭い部屋の中だから目の前にはいるのだが。
「てめえが妓楼から付けてきた女の匂いなんじゃねえのか。いきなり寝ころんだだろうが、シクの布団に。」
「コロは寝てただろ~~!」
「お前がやることなんぞまるわかりなんだよ!」
「でもさあ・・・妓生はさあ、白粉と髪油の香りだぜ・・・まあ衣装に香を焚きこめる妓(こ)もいるけどさあ、それはよっぽど売れっ子ぐらいで、さっきはさあ、そんな匂いじゃなかったんだよなあ・・・何て言うか・・・香としか言いようがないんだけどさあ・・・。」
ぶつぶつ言うヨンハについ油断していた。ヨンハが悩む様子に見入ってしまった三人の隙をついて、ヨンハは素早くジェシンの背後にいるユニの傍に飛びつき、首筋の匂いをくん、と嗅いでしまった。
「ぎゃあ!」
「ヨンハてめえ!」
「ヨリム先輩、何を!」
ソンジュンに引きはがされ、振り向いて襟首をつかんだジェシンに引きずり倒されたヨンハは、転がりながら、あれえ、と呟いている。
「テムルからは匂いがしないぞ?いつものテムルのいい匂いだった!」
きゃあ!てめえ!やめてください!と中二坊から追い出されたヨンハ。だから気づかなかったのだ。ヨンハを追い出して鼻息の荒いジェシンと、何だったんだ、と首をかしげるソンジュンの間で、こっそりと自分の袖の匂いを嗅いだユニのしぐさを。
よく嗅がなければ気づかないほどに、それでも少しだけ残る、霊廟の抹香の香りに、少しだけ色をなくしたユニの頬を。