ファントム オブ ザ 成均館 その9 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 そのことに気づいたのはヨンハだった。何しろ、まだ静まり返っている早朝の成均館に朝帰りしてきて、ふらりふらりと自分の部屋ではなく中二坊に突撃して来るのだ。その時間には、ソンジュンは日課の読書を片隅で姿勢よく行っている。ジェシンは寝起きが悪いので勿論寝ているし、ユニも起寝の鐘が鳴らされて起床の合図があるまでぐっすりだ。楽し気に扉を開けるヨンハを、静かに見上げたソンジュンに、唇に指を立てたヨンハは、あはは、と笑いながら一番手前に寝ているユニの布団に一気に潜り込んだ。

 

 「ひゃっ!」

 

 驚いて飛び起きたユニのま隣で寝ころびながら、

 

 「おはよ~、愛しのテムル!」

 

 とご機嫌にからかうヨンハを、ソンジュンは呆れて見ている。ユニはドキドキと驚きで早鐘のように打つ胸を押さえながら、ひどいよ~、と文句を言うのだ。そしてその騒ぎで機嫌悪く目が覚めたジェシンがヨンハを蹴る。その日もそんな朝だった。

 

 ん?とユニの布団からジェシンの脚によって蹴りだされたヨンハが、自分の袖をくん、と嗅いだ。そして性懲りもなくまたユニの布団にがばり、と突っ伏すので、布団をたたみかけていたユニはつんのめりそうになった。

 

 「もう~、ヨリム先輩、どいてよ~。」

 

 自分の部屋で寝て!と文句を言うユニに、ヨンハはひとしきり布団に顔を埋めてから起き上がり、首を傾げた。

 

 「テムル?お前何か香でもつけているか?」

 

 ユニこそ首を傾げた。香?何を言われているかわからない。どちらかと言えば、共同風呂に入れない身として、清潔さを保つために、顔や首筋、勿論足だって、皆に隠れてしょっちゅう洗い、髪だってできるだけ梳いている。香に匂い消しの効能があるのは知っているが、正直化粧すらできない娘の身で、香なぞ今の境遇にせよ、まず値が高くて持ってすらいない。

 

 「だよなあ・・・でもさあ・・・。」

 

 とユニの寝ていた辺りにまた顔を突っ込んだヨンハを、今度こそジェシンは蹴り飛ばした。さっきは床に転がっただけだったが、今度は壁にぶち当たるほどにヨンハはすっ飛んだ。

 

 「気色悪いんだよ朝っぱらからてめえは・・・まだ酔ってんのか?!」

 

 機嫌の悪さついでに憂さ晴らしをしたようなジェシンに、ヨンハは吹っ飛んだ影響すら見せずにちんと座り直し、だってさあ、とのたまう。

 

 「何だかテムルの布団からいい匂いがするんだもん。あ!そうか!テムルの匂いを嗅げば・・・。」

 

 「嫌だよう~!」

 

 「どうしたんですか、ヨリム先輩・・・。」

 

 もう一度蹴ろうと構えたジェシンだけでなく、ソンジュンまであきれ果てた声を出した。ユニは震えながら布団を素早く畳み、ジェシンとソンジュンの間に隠れてヨンハから距離を取った。狭い部屋の中だから目の前にはいるのだが。

 

 「てめえが妓楼から付けてきた女の匂いなんじゃねえのか。いきなり寝ころんだだろうが、シクの布団に。」

 

 「コロは寝てただろ~~!」

 

 「お前がやることなんぞまるわかりなんだよ!」

 

 「でもさあ・・・妓生はさあ、白粉と髪油の香りだぜ・・・まあ衣装に香を焚きこめる妓(こ)もいるけどさあ、それはよっぽど売れっ子ぐらいで、さっきはさあ、そんな匂いじゃなかったんだよなあ・・・何て言うか・・・香としか言いようがないんだけどさあ・・・。」

 

 ぶつぶつ言うヨンハについ油断していた。ヨンハが悩む様子に見入ってしまった三人の隙をついて、ヨンハは素早くジェシンの背後にいるユニの傍に飛びつき、首筋の匂いをくん、と嗅いでしまった。

 

 「ぎゃあ!」

 

 「ヨンハてめえ!」

 

 「ヨリム先輩、何を!」

 

 ソンジュンに引きはがされ、振り向いて襟首をつかんだジェシンに引きずり倒されたヨンハは、転がりながら、あれえ、と呟いている。

 

 「テムルからは匂いがしないぞ?いつものテムルのいい匂いだった!」

 

 きゃあ!てめえ!やめてください!と中二坊から追い出されたヨンハ。だから気づかなかったのだ。ヨンハを追い出して鼻息の荒いジェシンと、何だったんだ、と首をかしげるソンジュンの間で、こっそりと自分の袖の匂いを嗅いだユニのしぐさを。

 

 よく嗅がなければ気づかないほどに、それでも少しだけ残る、霊廟の抹香の香りに、少しだけ色をなくしたユニの頬を。

 

 

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