㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
二日後から出仕を再開したジェシンは、ユニとの婚儀をあちこちで祝われ、挨拶に疲れて不機嫌だった。贅沢だよなあ、とヨンハが笑い、ソンジュンも苦笑する。ユンシクは実姉の嫁入り故当事者だ。こちらも祝われているが、ジェシンよりはだいぶ少ない。南人の官吏が少ないからでもあるし、新人官吏故知り合いも少ない。だから半分は他人ごとのようで、ソンジュンと並んで苦笑していた。
「うるせえよ・・・どうせ親父に伝えてほしいだけだ。」
「だからさ、親父さんに言えない人たちがお前のところに来るんだって。」
分かっているけれど面倒だ、とそっぽを向くジェシンだったが、その横顔は生気に満ち溢れ、一回り体も大きく見える気がした。妻を、それも待ち望んだ妻をめとった自信と幸福がそうさせるのだと、仲間たちはよく理解していたため、少々の不機嫌もたいして気にはならなかった。
父の方も、会うひとごとに祝われていた。王様にも祝われたのには恐縮しきりだったが、嬉しくないわけがなく、父の方は機嫌が良かった。婚儀には主に小論の者が来ていたが、数十年来の派閥に関わらない友人は数人、老論であろうと無派閥であろうと宴に来てくれていた。だから勿論、ソンジュンの父、イ左議政はきていなかったため、王宮で顔を合わせたときに丁寧に祝われたのには驚いた。
会釈を返して祝いの言葉の礼を示すと、左議政は少し苦笑し、
「息子から、大層お幸せそうな婚儀だったと報告を受けたものですから。」
と丁寧に言葉を掛けられて、ジェシンの父も返答をせざるを得なくなった。
「そうでした。ご子息のソンジュン殿には婚儀を祝ってくださっておられた・・・。儂は年寄りの相手をしておりましたので、ご挨拶ぐらいしかできませんでしたが、息子は嬉しそうに酒を酌み交わしておりましたな。」
二人は敵対派閥の長同士ではあるが、子息同士は四人ひとくくりの仲間として名を付けられるほど、世間から仲間と認識されているのだ。複雑な心境ではあるが、祝われるのはうれしいので素直にまた頭を下げておいた。
「婚儀で酒を頂いた後にですな、もう一人の仲間と夜通しどこかで飲んで帰宅いたしましてな・・・。流石にその晩、母を心配させるなと小言を申しました。すると、逆に文句を言われましてな。」
はあ、と大人しく聞いておく。周りには遠巻きに老論や小論の高官たちがこちらをうかがっているし、自分の息子の婚礼の話の続きだ。多少寛大な気持ちもあった。
「兵曹判書殿は・・・息子はコロ先輩のお父上、と申しておりましたがな・・・物事の順序を過たなかった。先に人道を優先したがおかげで、その子息に今、最大の幸福が舞い降りたのだ、と。ご子息の花嫁は、我が息子の親友のキム家の姉でしたな・・・。確かあの日、残されてしまったキム家の妻子の中の一人・・・唯一無傷だった赤子。」
「そうです。キム家の妻女は目を煙と熱気で傷め、更に赤子の弟は気管支を熱気で傷めていましたからな。妻女が健康を取り戻すまで、と預かりました・・・結局預かったまま我が家の嫁となりましたが。」
「それを息子は申すのです。被害を被った者たちのことを第一にするのが人の道理、それを儂は派閥の者の始末を優先した・・・と。確かに息子のいう事は一理ある。しかし、もし逆の立場だったら、兵曹判書殿だって同じようにふるまうだろう、と儂は言ったのですが、本当のところはどうだろうか、と一度お聞きしてみたくてな。」
試すような視線に、ジェシンの父は一瞬頭に血が上りそうになった。ユニと派閥のバカ者とを天秤にかけろと?だが当時誰ともわからない者の妻子のことなど、人に任せても良いと思ったかもしれないのは事実なのだ。あの時は失策を犯したのが老論の者であり、ジェシンの父はその行為を責める立場で居られた。だから被害者救済という方へ悠々と向かって行けたのでは、という左議政の言い分も、権力を持つ者としてはよくわかるのだ。だから、ぐ、と押さえた。
「そうですな。目の前の火消しの方に走ったかもしれませんな。しかしその時、儂はかのハ・ウジュと一応同僚でした。部署としても動かねばならなかった。目の前に無実の者の遺体、ぐったりとした妻女となくことすらできない赤子二人・・・。とにかく医師、そして医師の必要のない者の保護。これはそれこそ・・・あなたも儂のように動いたのではないですか。」
逆に聞き返すと、左議政はただ頷いた。
「息子は若い。あなたのご子息よりもさらに青臭い。本の中のことしか信じなかった息子は、今もその気は大いに残っているが、それでもご子息たちと過ごしてきたことでそれを日常に置き換えるようになってきたのです。今回も同じことだ。おかげさまで、あの頭の固い息子が、妻をもつ、という事に気持ちを向けてくれるかもしれない、と思っているのです。大層お美しい娘ご・・・さすがあのキム・ユンシクの姉だという噂も聞こえてきました。才色兼備の花嫁、本当にめでたい・・・。」
そう言い置くと、左議政は老論の者たちの元へと悠然と歩いて行った。